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2005年 05月 03日 ( 1 )

 前回のブログにて、戦後に憲法が制定された後、憲法的価値を擁護する人々がどのような方向性で取り組んだか、日本の戦後政治史を軽くおさらいしながらお話してきたが、彼らが向かった「運動論的護憲運動」の象徴的なものが、家永裁判であろう。

 元東京教育大学教授の家永三郎が、自身の著作である教科書「新日本史」の検定不合格処分に対して、その処分の取消しと損害賠償を請求した裁判の総称である。教科書検定が憲法21条2項にいう「検閲」にあたるかどうか、そして「表現の事前抑制」にあたるかをめぐって争われた訴訟は、第3次まで提起され、平成9年の最高裁判決において、「草莽隊」、「南京大虐殺」、「南京戦における婦女暴行」」、「731部隊」をめぐる検定意見が違法であることを認め、損害賠償を命じる判決を下して一応の終了をみている。

 この判決における「看過し難い過誤論」という憲法判断の是非については別の機会に譲るとして、本稿ではこうした運動論的護憲運動のあり方がその後に受けた「しっぺ返し」についてお話するとしたい。

 もちろん、この3年後に日本社会に大きな影響を与えた「新しい歴史教科書を作る会」のことである。

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by foresight1974 | 2005-05-03 23:04 | 憲法哲学

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