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NHKドラマ「ハゲタカ」補論(3)「遅すぎた倒産法改革」

※2月に放送されたNHKドラマ「ハゲタカ」の再放送に合わせて再編集しました。

 今回取り上げる用語は、「民事再生法」だ。
 やや込み入っているので、このドラマに沿って法律を解説する。
 
 経営が傾いていたサンデートイズ社では、取締役会において、代表取締役・社長の大河内瑞恵(冨士眞奈美)が解任され(ただし、商法上の規定により取締役として残っている)、息子の大河内伸彰(小林正寛)が社長に就任した。
 ここで、伸彰ら新経営陣は、民事再生法の適用を裁判所に申請する。2000年4月に施行された同法は、従来、法的手続きの主役であった会社更生法と異なり、現経営陣が退陣することなく、経営再建を図ることが可能な法律である。
 現経営陣が退陣しない、というのは無責任に見えるかもしれないが、補論(1)で触れたように、経営が行き詰った経営者にはさまざまなしがらみや責任がのしかかっている。もし、この法律がなければ、経営者はそれこそ「破滅」に至るまで、経営を投げ出さずに暴走を続けることになりかねない。そこで、まずは現実的な処方策で、彼らの身分を保障し、かつ法的公正さを担保した形での再建アプローチが必要とされるのである。
 また、裁判所の監督の下、公正な形で進められることになる。このとき選任されるのが監督委員で、今回、鷲津や芝野が紙片を持って、金額を提示された人たちである。通常、企業再生を専門とする弁護士が選任されることが多い。彼らは、会社のスポンサーとなる者に、会社の営業に必要な財産を譲渡する権限を持っている(民事再生法56条により、裁判所が職権で権限を付与している)。
 NHKのHPにも解説があるとおり、多くの場合、プレパッケージと呼ばれる方式により事前にスポンサーが選定されるが、ドラマのように入札による譲渡も行われる。前者の例で再建が行われた例はJリーグ・ヴィッセル神戸事件で、後者の例は、マイカル事件が有名である。
 しかし、惜しまれるのはこうした法律が使えるようになったのは2000年(平成12年)からなのである。(小規模個人再生については2001年)



 では、それまでの経営破たんの処理とはどのような形で行われていたのだろうか。
 従来、法的整理の基本法的役割を果たしていたのが破産法である。大正11年に制定された古い法律であったが、平成16年の大改正で口語化され、誰でも読める条文になった。
 しかし、この法律は使いにくい法律であった。破産法というと「自己破産」という用語で分かるように、多くの方は個人の借金整理に使われる法律と捉えられがちであるが、企業再生にも適用がある。整理の仕方は非常に厳格であり、いったん手続に入ればあらゆる債務から解放される強力な効果がある一方、債務者の連帯保証人や担保債務者に多大な損害も与えた。結果として債務者は社会的信用を失い、現実的な経済再生は困難になる場合も多かったのである。
 バブル崩壊後、個人の経済再生に自己破産を多用する弁護士が多かったが、私はこうした手法を今でも疑問に思っている。個人再生を専門とするコンサルタントの中には、破産法を悪法呼ばわりする者いるが、このあまりに「苛烈な」処理方法に原因があり、一理がないわけではない。

 そこで、企業再生の中心的役割を果たしていたのが、会社更生法である。戦後にアメリカの連邦破産法を手本にした法律で、破産法と異なり、破綻企業の清算が目的ではなく、再建が目的であることが特徴である。高杉良「会社蘇生」でモデルとなった、大沢商会事件をご記憶の方も多いだろうと思う。
 会社再建の中心的役割を果たした功績は大きいものの、この法律の手続も厳格である。本来、大手企業の再建を想定していたたもので、中小企業の再建型倒産処理法としては向いていない。もっと早く申請していれば救えたはずの企業を取りこぼしてしまったのではないか、という疑問は拭えない。
 こうした反省をふまえ、平成15年に大幅な改正が実施されている。

 そして、現在企業再生の中心的役割を担っているのが民事再生法である。この法律には和議法という前身があったが、申請要件や決議要件が厳格なため、やはり利用が進んでいなかった。平成12年に制定され、今回のドラマにタイムリーに登場したのである。

 こうしてみてご注目いただきたいのが、それぞれの改正、制定の年である。いずれもバブルが崩壊したから10年近くの時を経ているのである。
 その結果、日本では、企業破綻処理の70%は任意整理と呼ばれる手続によって行われていた。任意整理というのは、裁判所の手続を経ないで行われる破綻処理を幅広く指す。つまり、日本の会社倒産の70%は、手続が厳格なものばかりだったため、法的に管理されていなかったのである。
 任意生理は、個別の事情ごとに柔軟な再生スキームを組める利点がある一方、暴力団などの介入も多く、不透明、不公平な処理が行われがちであった。
 それまで法律家たちは、手をこまねいていたわけではない。しかし、破産法が改正された当時、自己破産は90年代の5倍である20万件に達しようとしていた。急激な変化があったにせよ、対応が遅れたことはまぎれもない事実である。

 これらの法律と対比して印象的なのが商法である。
 バブル崩壊後、商法はほぼ毎年のように改正され、2005年からは新しく会社法として生まれ変わった(商法総則などは旧法が残っている)。
 時代の要請にあわせて改正されてきた商法と、本来、セーフティネットとして機能するべき倒産法の整備にかけたスピードの差。
 このことを考えると、格差社会と呼ばれる現実を生み出した原因の一端は、当時の法律家や立法担当者にあるといわざるを得ないのである。
by foresight1974 | 2007-08-22 22:44 | 書評・鑑賞

真理を決定するものは、真理それ自体であり、それは歴史を通して、すなわち人類の長い経験を通して証明せられる。(藤林益三)


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