foresightの憲法哲学(22)「“幻想”の防衛力(1)」

 (マクジョージ・バンディが作成した「ペンタゴン・ペーパーズ」について)その影響力は大きかった。それは人を動かし、意見を変えた。これは、いかに誤った政策が合理的な判断の装いのもとに構築されうるかの、記念碑的文書である。あたかも、世界で最も豪華な邸の建築を発注し、超一流の建築家を雇い、イタリアから最上級の大理石をとりよせ、壁板にはレッドウッドの逸品を使い、室内装飾には金に糸目をつけず贅沢を尽くしたが、ただ一つ、ささいなことを見落としたために、台なしにしてしまったようなものであった。敷地に泥沼を選んだのである。(「ベスト&ブライテスト」ディヴィッド・ハルバースタム 浅野 輔訳)




 最近、mixi内で「お子様ウヨク」をおちょくって楽しんでいるが、観察していると、彼らの人間的欠陥に気付く。

 なるほど、彼らは軍事知識が豊富で、よく調べ、論理的にも一貫した主張をすることに長けてはいる。だが、彼らにあるのはそれだけである。

 人間がいかなる場合に嘘を吐き、また、自らの利益のために不利益な事実を伏せるか。どんな偏見に陥り、どんなことにコンプレックスを持つか。どのようなときに人間としての悲しみや痛みを知り、どのようなときに人間の優しさを知るのか。
 そうした人間や社会に対する基礎的な理解力が決定的に欠落しているのである。

 ある者は、クリスマス・イブにもmixiにやってきては「終わりのない議論」を繰り返していたという。自慢げに語る彼らを見て、彼らには現実社会での体験が決定的に欠落していると確信した次第である。

 もちろん、こんな浅はかな連中に「シビリアンコントロール」を担う資格はないのであるが、その点だけは「平和ボケした日本人」より自信をお持ちであるようである。始末の悪い奴らである。

 冒頭の引用は、ベトナム戦争レポートの最高傑作の一節である。「最良で最も聡明な」人材と絶賛されたエリート達(ベスト&ブライテスト)が、後に「賢者の愚行」と評されたベトナム戦争の泥沼にはまり込んでいく過程を描いている。
 おそらく、2ちゃんねるやネットであまねく軍事知識を吸収し、愛国心や「朝日批判」を崇高な善行とでも考えている彼らには、こうした「賢者の愚行」がなぜ起きうるかを理解できないであろう。
 そして、なぜ社会が天才的な才能を埋もれさせ、愚鈍というほかない人物が大政治家として礼賛されるか。その不条理さも理解できまい。結果から思考を帰納してばかりいるで、人生に対する見方が直線的になり過ぎるのである。社会は最も多くの複雑な事象が絡み合っているということを「体験」していないからである。

 また、彼らの精神構造が、韓国や中国国内の愛国者と極めて類似しているといっても、彼らには受け入れがたいことに違いない。
 心理学を学んだ者からみれば、彼らは自分たちの影と戦っているのである。「平和ボケした日本人」ではない。

 ところで、ケネディが集め、ジョンソンが受け継いだ「最良にして最も聡明な」人材だと絶賛されたエリート達が、なぜ米国を非道なベトナム戦争という泥沼に引きずり込んでしまったのか。ハルバースタムは当時の国務長官ディーン・ラスクを語るうえで、以下のような「教訓」の存在を指摘している。

「タカ派の立場で誤りを犯しても問題はないが、ハト派の立場で正論を吐くことはやっかいな問題を引き起こす」


 ベトナム戦争という愚行を引き起こした人々が本来、「リベラルな」立場の者が多い民主党政権であったことは皮肉である。実際のところ、歴代の民主党政権は一般の有権者が思っているほどリベラルではない。選挙期間中はリベラルな演出をするものの、選挙が終われば、共和党より「強硬な」政策を取ることもしばしばあった。
 50年代のマッカーシズムの嵐が吹き止んでも、土壌だけは残された。本来、思想的にリベラルな人々が国民から信頼を勝ち取るためには、「自分たちは愛国的である」ということを、タカ派の人々よりしばしば明確に証明しなければならなかった。
 こうしたコンプレックスを払拭できないまま、「ベスト&ブライテスト」達は、自らの「強硬な反共主義」を証明するために、ベトナムに足を踏み入れていったのである。

 そして、彼らにはエリート達特有の人間的欠陥があった。
 彼らは、ハルバースタムがいうところの「大西洋しか知らない田舎者」だったのである。

 後に、「古き良きアメリカ」と言われた時代は、中国の共産化に動転し、極端な反共主義が支配しつつあった時代でもある。国務省の中には、世界の多元性と民族主義の本質を的確に見抜いていた者もいたが、マッカーシズムの政治的嵐の中で押し潰されていった。
 その当時、エリートとしての実績を積み上げつつあった人々は、この嵐をうまく「やり過ごす」ことで権力を手にした。彼らには、50年代、東海岸のはるか彼方で起きていた世界的変化に想いを馳せた者はいなかった。
 ハルバースタムがいう「ささいな見落とし」とは、そのことを指している。

 それでは、我らが「mixiの中の愛国者」たちにはどのような見落としがあるのだろうか?(つづく)
by foresight1974 | 2006-05-03 18:53 | 憲法哲学

Let's think about day-to-day topics.


by foresight1974