横浜事件再審判決雑感「司法の贖罪を回避する優秀答案」

 当ブログの前進である「foresightの未来予想図」でも取り上げたが、昨日、戦時下最大の言論弾圧事件である「横浜事件」で、治安維持法違反で有罪が確定した元被告に対する再審(裁判のやり直し)の判決が下った。
 免訴という灰色決着であった。

 免訴とは、刑の廃止や大赦(恩赦の一種)などで裁判を続ける意味がなくなった場合になどに、裁判を打ち切って言い渡す形式的判決である。事件の内容に踏み込まないため、元被告らにかぶせられた罪が「冤罪だった」と認定されることはなかった。
 (中略)
 再審を決めた東京高裁の抗告審決定は、元被告らの自白は拷問によるものだったと認定、「無罪を言い渡すべき新証拠がある」と判断していた。
(朝日新聞朝刊2006年2月10日)


 上記報道によれば、判決を下した横浜地裁は「刑事訴訟法は免訴でも無罪と同じような補償を認めている」と指摘している。だが、すでに他界している被告らが求めていたことは経済的な補償ではない。このような反駁は司法試験受験生が論文試験で書けば済むことである。
 被告らが求めていたこと、何より「あの裁判は間違っていた」という司法の贖罪なのである。戦時下の言論弾圧に協力したという罪と正面から向き合うということである。

 裁判所は司法機関としての役割をわきまえつつも、時代の背景と向き合わなければならない。持ち込まれた事件の社会背景や時代の流れを見極めつつ、法律家として書くべきこと、論じるべきことを発見する作業なのである。
 そうした意味では、今回の判決は、司法試験受験生の優秀答案ではあっても、実務家の優れた判決とは言い難い内容であった。

参考:
横浜事件再審決定雑感(2003年4月16日)
by foresight1974 | 2006-02-10 23:00 | 正義の手続を考える

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