ライブドア強制捜査を問いなおす

 ライブドア強制捜査に対して、堀江の対応に疑問を持っていた。
 通常、こうした企業不祥事に対して強制捜査が入ると、経営側は「不正の存在は認めるが、組織の責任は回避する」という姿勢に終始することが多い。つまり、あくまで一個人の「行き過ぎ」であって「組織的犯罪」ではないことを強調するのだ。日本のサラリーマン社会の現実と真逆の、しかしながらとっても日本的な謝罪の姿勢は、不祥事の打撃を最小限に食い止めようという猿知恵である。
 それに対し、堀江は特捜部の捜査が入ってなお「不正の存在」を認めていない。正直なところ、ライブドア・フジテレビ問題のように、カラ元気から出たものか、はてまたクールな計算から出たものか掴みかねていた。

 それが、47th氏のブログ「ふぉーりん・あとにーの憂鬱」を拝見して疑問が解けた。単体決算と連結決算の差異、そして今回の強制捜査の手続保障の見地から疑問を投げかけたこの記事は、ライブドアにも法的論争として争う余地があることを示唆している。
(それが絶望的な試みだとしても)



 筆者は証券取引法の専門ではないので、ここでは手続保障上の問題を指摘しておきたい。
 刑事訴訟法の世界では、別件捜索・差押という重要問題がある。これは、A被疑事実に基づいて捜索・差押を実施したところ、「偶然に」B被疑事実に関する証拠を発見した場合、その証拠を差し押さえることが出来るか、という問題である。判例では、賭博開帳罪に関する最高裁昭和51年11月18日判決や、モーターボート競艇法違反に関する広島高裁昭和56年11月26日判決などが有名であるが、いずれも詳細な事実認定の末適法であると認めている。
 しかし、学説上はこうした捜索・差押に対する批判は根強く、大半の法律家は差押を否定する見解を取っている。
 こうした批判に、実務家も耳を傾けていないわけではない。近年では、テレビ出演歴の多い著名なタレントに対する、盗撮容疑(東京都迷惑条例違反等)に基づく捜索・差押に際し、覚せい剤が発見されたという事案において、警視庁は現場を維持しつつ、担当職員が再度覚せい剤取締法違反容疑の令状発布を受けて、捜索を再開した例がある。

 今回、ライブドアの証券取引法違反事件に関しても同じ問題を指摘しうる。
 当初、東京地検特捜部はライブドアの子会社・マネーライフ社の買収時に関わる報告書虚偽記載、および風説の流布による容疑で捜索を行った。しかし、次第に容疑事実は、いかがわしい投資組合を利用した、ライブドア本体の粉飾決算事件に移りつつある。もし、粉飾決算ということであるならば適用される罰条は商法の特別背任罪による起訴が考えられる。この場合、全く別の罰条であるので、基本的には証券取引法違反で押収した証拠を用いることは出来ない。
 だが、実際にはより重い犯罪である特別背任罪による起訴を検察官が排除するとは考えられない。
 その場合、弁護側は検察側は別件による捜索・差押による証拠は無効であると主張することが可能だ。もし仮に、それらの証拠によりライブドアの犯罪が明らかになったとしても、理論上、裁判所は公訴棄却か無罪の判決を下すことも考えられる。
 
 こうした捜査手法は、決して今にはじまったことではない。過去にはロッキード事件をはじめとした権力犯罪を捜査する場合、東京地検特捜部は別件逮捕や別件捜索・差押を通じて外堀を埋め、「本丸」となる大型事件の強制捜査を実施してきた。戦後、刑事訴訟法が改正され予断的な捜査が許されなくなったための検察の「知恵」である。
 しかし、こうした捜査手法は他の先進国ではほとんど用いられることはない。人権擁護の歴史の長い欧米各国では、捜査側と被告人の立場は対等であり、裁判官の発布した令状に明示されていない容疑に基づく捜索・差押は、人権侵害として許されないという考えからだ。
 こうした別件捜索・差押が許された場合、最悪の場合は権力者による恣意的な犯罪捜査に利用されるおそれがある。法を破る者を裁く資格がある者は、法を遵守して真相を明らかにした者だけであるということを徹底しなければならない。

 今週のライブドア強制捜査がいかなる結末を迎えるかは流動的である。結果として、ライブドア経営陣が起訴され、有罪となったとしても個人的にはかまわないと思っている。ただし、それが適法な捜査がなされ、法を破ったことを裁判の場で合理的な疑いを入れない程度に明らかになった場合に、である。
 また、証券取引法上の解釈としてはいろいろありうるのだろうが、個人的には裁判所が、今後は投資家の保護の一助となり、適正な証券市場の形成に役立ちうるような解釈を示してさえくれれば文句はない。

 大事なことは、どのような真実であれ、独立した司法機関が自分できちんと確かめること。そして、法的手続に関するチェックを「適正」に果たすことである。
 社会は偏見で動いても司法がそれに流されてはならない。特捜検察とて絶対的正義ではないのだ。今こそ「定見」という言葉をかみ締めなければならない時はない。
by foresight1974 | 2006-01-20 22:00 | 正義の手続を考える

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