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ライブドア・フジテレビ問題とは何だったのか(1)「これはただの人形劇ではない」

 このブログはいささか時流に乗り遅れた形での更新が多くなっている。
 それは、法律関係雑誌の発行事情と無関係ではない。法律関係雑誌は通常、巷で事件が大きく報道されたから何ヶ月か遅れて論文なりコメントなりが出揃うことが多い。それをカバーしてブログにアップすることはもっと遅くなる、という具合でいまさらのようにこの問題を取り上げることにする。
 まあ、この問題の普遍性を理解されている方は、巷ではすっかり下火となったこの話題のフォローを今でも続けていらっしゃることだろうし、あながち無益でもないと思っている。

 まず、新潮社が発行している国際政治経済情報誌・Foresight2005年5月号に掲載された、阿部重夫「最後から二番目の真実-『ライブドア』仕手戦の人形使い」というレポートをご紹介したい。
 最初にお断りしておくが、私は阿部重夫というライターの筆力は評価しているし、その見識にそれなりに敬意も払う者である。しかし、それを踏まえて評価しても、今回のレポートはひどいものであった。



 このレポートの失敗は冒頭のこの文章で決まっている。
「(ポーが書いた『メルツェルの将棋指し』に出てくる)人形のカタコト(堀江を指している)を真に受けてメディア論だの、企業統治論だの、M&A(企業の合併・買収)論だのを戦わせる評論家や商法学者たちは、したり顔の分だけいい面の皮である。」
 のっけからこのやらかしようである。この文章は、後に紹介するようにライブドア問題が単なるマネーゲームでしかなかったことを示唆する布石になっているのであるが、この挑発的な言辞が彼の優れた思考を縛ってしまったとしたら身の不幸としかいいよう無い。

「仕手の成功は粛々と買い進め、密かに高値で買い取らせることに尽きる。欲張って騒がれたらもう終わりである。ライブドアは明らかに、本尊の予想を超えてはしゃぎすぎたのではないか。」というが、阿部自身も、自己の「洞察力」に溺れ、それを読者に看破されていることに気がつかないのだろうか?
 そもそも、堀江貴文という男はテレビでさとう珠緒とお見合いしたりするような男なのである。はしゃぐことなど仕掛け人にとっては最初からそろばん勘定のうちであろう。それとも阿部のいうところのご本尊様はよほどのバカだとでも言うのだろうか。

 それでも阿部はプロのジャーナリストとして最低限の仕事をこなした。それは、この仕手戦の人物相関図をほぼ正確に見抜いたことだ。
「霞が関でささやかれているのは、国内のリース会社か商工ローンのノンバンクが仕掛けの本尊ではないか、という説である。いくら招待を隠しても、放送の「秩序」を壊した者は謀反人である。ましてその本尊が財界活動や公職にあって規制緩和に乗じていたら、村八分にあうだろう。それを察したか、疑われている当の本人はこのところ、ぴたりと口を閉ざしている。」と書いている。これは宮内義雄オリックス会長を示唆したと思われるが、去年のプロ野球再編問題での対立も読み込んで書いているのであろうか。それはともかく、宮沢喜一のコメントをレポートの冒頭に紹介して、この人形劇の全体構造・カネの流れをほぼ正確に解き明かしたのは、阿部の冴えを見せたというべきか。

 しかし、その阿部ですらライブドア・フジテレビ問題が、どのようなトレンドの中に位置づけられ、法律制度、経済社会でどのような意義を持とうとしているのか。見通すことはできなかった。そこが、ライブドア・フジテレビ問題を語るうえで、最初に阿部のレポートを取り上げ、徹底批判したゆえんである。
 ここまで批判してから言うのも変な話だが、阿部の見方もこの問題の一面の真実ではある。しかし、本質的な問題ではない。本質的な問題は、IT業界を巡る歴史年表を作成し、この事件を書き込むことで見えてくるものである。阿部の指摘した事実は、その中では単なる「人形劇」の問題に過ぎないのだる。
by foresight1974 | 2005-09-21 00:03 | 企業統治の公共精神

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