人気ブログランキング |

foresightの憲法哲学(8)「靖国神社の何が悪いのか?(3)」

 前回までに、靖国神社と政治との関係の解決の方向性について、「憲法を改正して政教分離規定を改める」と「靖国神社参拝を裁判において『合憲』であることを確認する」という二つの方向性があることをお話した。

 両者の実現性についてははなはだ低いといわざるを得ないが、問題の本質的部分を明らかにするため、一応の検討を試みてみたい。




 まず前者についてだが、日本国憲法に定められた政教分離規定はアメリカ合衆国憲法にならったものであるが、世界的にみれば、政教分離のあり方は一様ではない。比較憲法学的には大きく3つに分けられ、A.日本・アメリカ型の完全分離指向型のほか、B.国教があるものの他の宗教への『寛容』が要請されているイギリス型や、C.宗教界と契約(政教条約)を締結して、政治と宗教の関わりをルール化するドイツ・イタリア型などがある。

 これらをみても分かるように、日本国憲法の政教分離の考え方は現代の憲法学から考えても決して論理的・理念的にも必然性があるわけではない。しかしながら、靖国神社という国家神道が過去の侵略の「政治的道具」として機能したことを考えたら、憲法が政治と宗教の「厳格分離」を理念としたことには政策的合理性がある。

 一部の右翼・保守学者の中には、日本の歴史においては、祭政一致はむしろ当然だという意見もある。が、彼らは重要なことを見落としている。日本の歴史の中で何度か行われた「遷都」という政策は、その大きな目的の一つに「既存の宗教政治勢力の力をそぐ」ということがあったということだ。たとえば、京都に794年に遷都した後、200年以上も新しい寺社の建立が認められなかったことや、鎌倉幕府や江戸幕府が、既存の宗教勢力から遠く離れた地で開かれたという事実は、当時の為政者がいかにこのことに腐心していたかを示している。もちろん、彼らが政教分離の理想を信じていたわけではない(むしろ、彼らの側近には新興の宗教勢力の指導者がいたことが多い。金地院崇伝は好例だろう。)。しかし、彼らが教条的な宗教に対して極めて懐疑的であったことは事実であろう。

 現在の靖国神社や神社本庁といった勢力「神道政治連盟」を結成して「自主憲法」を主張し(もっとも、彼らの教義にはそんなものはないが)、遺族会と結託して自民党の集票マシーンとして機能している事実は、結局のところ彼らも政治的利権に群がる蟻にすぎないことを示している。

 もっとも、百歩譲って彼らの「善意」なるものを信じたとしよう。しかし、その場合にも「一方的な価値観や善意の押し付け」という大きな問題が発生する。長谷部恭男は「憲法と平和を問い直す」(ちくま書房)の中で、「自分が心から大切だと思う価値観は、それを社会全体に及ぼしたいと思うものである。しかし、そうした人間の本性を放置すれば、究極の価値観をめぐって「敵」と「友」に分かれる血みどろの争いが発生する。」と述べている。現在の靖国神社をめぐる保守とリベラル、日本政府と韓国・中国政府との対立にも思い当たるふしがあるのではないだろうか。

 長谷部も同書の中で認めているが、こうした「公私の分別」というものは絶対的・論理必然的なものではない。だからこそ、後述するような違憲審査基準についても様々な批判が存在する理由にもなる。

 だとすれば、後は「選択」の問題となる。政治と宗教との「健全な関係」を構築し、保持するためにはどのようにすればいいか、ということである。そして、その健全さとは偏狭な愛国心や意味不明な「公」なる概念の中には存在しない。もっと、多様な価値観を受け入れ、国民全体のコンセンサスを獲得しうるものである。とすれば、やはり最終的には、日本やアメリカの憲法が定めているような「厳格分離型」の政教分離規定が最適解になるのではないだろうか。

 他の政教分離のあり方が最適解にはなりえない。たとえば、前出Bのイギリス型政教分離の態度は北アイルランドの和平問題では全く通用していない。また、前出Cのような宗教の独自分野を認めているポーランドはカトリック信者が大変多い。しかし、結婚は教会法に従って行われるが、離婚するときは市民法に基づいて幅広く認められている。結局のところ、宗教の教義について理想や理念を語ったところで、現実の民衆からは突き放されていくだけである。政治が国民全体から「えこひいきをしない」という信頼を勝ち取るには、限りなく中立を目指すほかは無い。

 とはいえ、「公私の分別」や「政治的中立性」あるいは、「過去の侵略戦争の反省」という趣旨から定められた政教分離も、現実社会との関わりとのうえでは、完全に分離することはありえない。次回は、その政教分離の違憲審査基準についてお話したい。
by foresight1974 | 2005-06-26 11:13 | 憲法哲学

Let's think about day-to-day topics.


by foresight1974