人気ブログランキング |

首相参拝賛成論:orimupitsuku氏の場合

 さて、前回の挑発的なブログについてだが、ネット上からの反応は全くない。
 もともとこらえ性の無い性格なので、待ち続けることは性に合わない。
 そこで、こちらからこれぞという方を捕まえて、インタビューを試みてみた。

 今回は、ヤフーチャットで最近、この問題で議論を戦わせることの多い、「orimupitsuku」さんから。本人のご厚意でインタビューの掲載をお許しいただいた。改めて御礼を申し上げます。



 高橋哲哉が書いた「靖国問題」(ちくま書房)を読破した私が最初に問いかけた質問は、orimupitsuku氏が靖国神社に参拝する理由だった。
 高橋が指摘した「顕彰」か「慰霊」か。どちらであろうと、小泉首相の参拝に対する葛藤は避けられないはずである。

 だが、氏から返ってきた言葉は、そのどちらとも取りにくいものであった。「戦場で無念のうちに散った英霊のあらぶる心を鎮めんがため」というものだった。端的に言えば「鎮魂」というものだ。おそらく、靖国神社を参拝する方々の中では、最も多い参拝理由の一つであろう。

 そこで次の質問に移った。小泉首相が靖国神社を参拝する理由に「不戦の誓い」を挙げている点をただしたのだが、「全く矛盾を感じない」と言い切ったのである。
 氏によれば、「人が自由に追悼の意を表すことに反対する理由がない。「不戦の誓い」をしようとしまいと、個人の心の自由だ。」ということになる。ちなみに、orimupitsuku氏自身は参拝の際に「不戦の誓い」というものを込めたことは無いという。
 それでも参拝において、小泉首相が「不戦の誓い」を込めることについては「(小泉首相と)俺との間に矛盾が存在することに特に矛盾は感じない。」と答えた。
 つまり、靖国神社に参拝することは氏によれば「個人の思い入れ」の次元の問題なのである。インタビュー中、「靖国なんて、こういっちゃなんだが、たかが追悼なんだ。」という発言は、言い方はともかく、氏が靖国神社参拝を極めて私的な問題として捉えていることを示している。

 そこで、さらに意地悪な質問をたたみかけてみた。
 
foresight1974: たとえば、小泉首相が靖国参拝した後、「不戦を誓った。平和を守る。どことも戦わない。」と言っても?
orimupitsuku: 人が自由に参拝することに反対しないし、他国から箸の上げ下ろしを細かく言われる状況下で決然と参拝することに大賛成だ
orimupitsuku: まったく矛盾を感じない。彼の心を俺がコントロールは出来ない。

 このくだりは、靖国神社参拝に関して、orimupitsuku氏が参拝者の政治的立場や歴史認識を問わないことを示唆している。その裏づけを取るためにさらに質問を重ねた。

foresight1974: 小泉首相は、英霊の一部を「A級戦犯」だと言っています。
foresight1974: 戦争犯罪人だと認識していると国会で答弁しました。
foresight1974: そういう人物が参拝することに反発やわだかまりはないのですか?
orimupitsuku: 「人が自由に参拝することに反対しないし、他国から箸の上げ下ろしを細かく言われる状況下で決然と参拝することに大賛成だ」この後半部分は小泉さん個人の心のうちとは関係ない、俺の思い入れだが。
foresight1974: そこだよね。
orimupitsuku: A級戦犯で戦争責任がある、というのも人それぞれの解釈だ

 インタビューを進めていくうち、私の心は不安を覚えた。私はてっきり、高橋の描いたフレームワークで靖国神社問題の大枠を捉えているつもりだったが、それは間違いではないのか?
 私はこう思っていた。「参拝→戦犯への感謝」(高橋が言うところの「顕彰」につながる)というのは国家の戦争を是認して初めてなりたちうる考え方である。だが、小泉首相の「不戦の誓い」発言は、国家の戦争を是認する立場には本来なりえない立場である。その点(つまり、前回のブログで話した同床異夢)の葛藤をただしたかったのだが、どうやら失敗したようである。

 仕方なく、こちらの意図を明らかにして最後にただしてみた。すると、驚く質問が返ってきた。

foresight1974:私が言いたいことは、「参拝に対する思いは自由」とは言いつつも、実態としての靖国神社はそのような「思いを受け止める」施設ではないのではないか?という疑問です。
orimupitsuku: 追悼の対象とする施設が他にないんだから、どうしようもない
orimupitsuku: 靖国に参ったからといって、それを理由に戦争に突き進むはずがない
foresight1974: よく千鳥が淵があるという反論もありますよ。
orimupitsuku: 遺族やひいては国民全体が千鳥が淵でいいと思えばそうすればいい

 おそらく、この点に反発を感じる首相参拝賛成論者も多いと思われる。なぜなら、遺族会や戦友会、靖国神社自身もがそうした扱いに断固反対しているからだ。orimupitsuku氏が条件つきとはいえ、千鳥が淵の追悼施設化にも理解を示したということは、氏が主流の保守論者にありがちな教条主義的見方を取っていないことを示している。

 戦後60年が経過し、靖国神社の政治的立場や取り巻く社会の変化によって、高橋が指摘してきたこととは異なる役割や参拝者の気持ちの変化があることは否定できない。首相靖国神社参拝賛成論も多様な意見からなっている。
 反対論に立つ者も、常にそうした現状を見通して考えていかなくてはならない。

 なお、orimupitsuku氏の意見に対しては、憲法論的な反論が可能かと思われたが、今回のインタビューの意図するところではなかったので、一切行っていない。
by foresight1974 | 2005-06-24 01:40 | 政治と宗教のあいだ

Let's think about day-to-day topics.


by foresight1974