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foresightの憲法哲学(1)「押しつけ憲法の不毛」

 このタイトルは、インターネットサイト「政治討論(現「心と政治」)」(http://www.njd.com)で2000年に半年間にわたり連載投稿させていただいたものと同じものである。

 当時、「新しい歴史教科書」問題をはじめ、インターネットに限らず日本社会の右傾化が急速に進んでいた時期であり、現行憲法もそんなネットウヨから標的にされた対象の一つであった。そして、私自身は、「保守」や「愛国」を自称しながら実態はただのルサンチマンの塊に過ぎない、彼らの堕落した人間性をみて、保守主義や愛国心というものに対するリスペクトした心を失い始めていた。

 そんな中、まだ司法試験受験生だった私がほんのイタズラ心ではじめた企画がこれであった。従来の憲法学上の通説的見解がどれだけ彼らの批判に耐えうるものか、テーマを設定したうえでぶつけてみたのだ。

 果たして、というか悲しむべきことに、というか企画は大成功に終わった。私(というより当時はただの憲法学上の通説を代弁していたに過ぎない「私」であるが)に挑んできたネットウヨの改憲論者たちは、憲法学の精緻な議論に誰もついていくことが出来ず、「神学論争」だの「訓古学」だのという不毛なレッテル張りレベルに終始し、有効な反論をほとんど提出することが出来なかったのである。実のところ、司法試験受験生ながら憲法学オタクでもあった私自身からみても、当時の憲法学の通説に対する反論のポイントというのはいくつも挙げることが出来た。しかし、そうした「予想される反論のレベル」にすら、彼らはついに達することがなかったのである。

 以来、私は憲法改正には反対の立場を取り続けている。
 理由は簡単である。今の憲法改正論者たちに蔓延っているのは「正義を装った無知」に過ぎず、民主主義の先進国が求め続けているような普遍性のある人権尊重主義、国民主権主義、平和主義というものに対するリスペクトが絶無だからである。
 この後で何度も口をすっぱくして述べることになるが、彼らの改憲論は歴史的経緯から来るルサンチマンの塊に過ぎない。彼らの主張する先には未来など広がっていないのである。

 残念なことに5年経過して今においても、立場を変更する必要を感じていない。
 個人的な結論をいえば、いつでも「改憲」という政治的選択肢は常に残されているべきだとは思う。だが今は、それを託す人間のレベルがあまりに低劣すぎる。嘘だと思うなら、小泉純一郎、石原慎太郎、安倍晋三の「顔」をよく見てみるといい。彼らの歪んだ顔のどこに、自ら信じる自由を預ける気になれるだろうか?
 今こそ産経新聞的な「イメクラ愛国主義者」の改憲論から、本物の憲法論を取り戻さなければならない時期に来ているといえるだろう。

 幸いなことに、この5年において日本の憲法学は世界的にも特異ともいえる、目覚しい進歩を遂げた。
 それは、私のかつての連載投稿がドンパチを繰り広げていた1年前にさかのぼるが、現東京大学教授長谷部恭男の「憲法学のフロンティア」。そして彼の好敵手である松井茂記現大阪大学大学院教授の「憲法」が出版されたころからの流れ、つまり従来の憲法学の通説的見解を打ち破る、新しいパラダイムを示し始めたことだ。
 私自身が強くインスパイアされたのは、昨年長谷部がちくま新書より出した「憲法と平和を問い直す」という本からである。この連載でお話することになるが、残念なことに従来の憲法学通説は、改憲を目指す保守政党・自民党が政権を長期間維持する政治状況にあって、憲法学者たちがその普遍的な価値を死守するために、いきおい司法や草の根市民運動といった場にその役割を求めざるを得なかったという現実が大きく影を落としていた。それに対し、彼らは従来論じられた憲法論も全ていったんゼロベースで見直すことによって、新しい地平を開拓しはじめたのである。
 私は、その「地図なき旅」の出発地に立っている気分である。最後はどこに行き着くのであろうか、確かめてみたい。
 
 司法試験をやめたときに一度は自分に生きる価値などあるのだろうか、などという横着な悲観に陥ったものであるが、こんな遊び場が残されているとは、人生もなかなか捨てたものではないと思う。




 さて、第1回目は現行憲法の成立過程の問題を取り上げる。いわゆる「押し付け憲法論」の問題である。
 「押し付け憲法論」とは、昭和21年に制定された現行憲法の成立過程において、A.日本側が起草した憲法草案が否定され、GHQが作成した憲法草案を指針とされたこと。B.憲法の基本原理に関わる部分の修正が認められなかったことを理由に、現行憲法は「押し付けられた」非自主的な憲法であるという意見である。憲法改正論者の大きな論拠の一つとなっている。

 しかし、この点について従来の憲法学の通説は以下のような反論を行ってきた。イ.現行憲法は形式的には明治憲法76条の改正手続を経ていること。ロ.完全な普通選挙により選ばれた議員によって構成された特別議会は、審議の自由に関して何らの拘束も受けていなかったこと。ハ.当時の世論調査や在野の憲法草案から、当時の国民も現行憲法に近い意識を持っていたと合理的に推論できること。ニ.施行後、極東委員会からの改正の要否につき検討の機会が与えられながら、当時の日本政府は改正の要なしと回答していること。ホ.現行憲法施行後50年以上、事実として憲法は改正されず、国民の間に定着しているといえること。などの理由から非自主的な憲法とはいえないと主張してきた。私もかつてはその見解に立っていた。

 しかし、真に自主性そのものを突き詰めてみたとき、「絵に描いたような」自主性はない。憲法学の通説的見解を示してきた故・芦部信喜学習院大学名誉教授もポツダム宣言受諾後の、様々な政治的状況による制約条件を認めた上で自主性を肯定している。
 とは言うものの、「押し付け憲法」論者たちも、現行憲法が受け入れられている現実について説得力のある反論を示してはいない。

 2001年、一つのブックレビューが新しい憲法制定「史観」を世に示した。
 「憲法本41」(長谷部恭男編・平凡社)の中で古関彰一の「新憲法の誕生」を紹介した加藤一彦東京経済大学助教授である。
 「(「押し付け憲法論」に対して)歴史的事実の解釈から「押しつけ憲法」ではないと反論することもできる。しかし「押しつけ憲法」であることを一端は認めた上で、なぜ「押しつけ」られなければならなかたのかを本書にそくして考えてみたい。」(本分より)
 そして、古関の正確な歴史事実の描写が下支えした論証から浮かび上がったもの、それは「押しつけ」の有無の議論ではなく、「押しつけ」憲法論自体の不毛さだった。

 詳細はぜひ古関の著作をご一読いただきたいが、加藤のブックレビューにもあるとおり、当時の法律界の最高の知性が揃ったと言って過言ではない憲法制定委員会(いわゆる松本委員会)ですら、「大日本帝国憲法にしがみつきつつ、その修正に満足した」のである。天皇に関する条項に至っては、一言も修正されていない。
 当時、天皇の戦争責任追及が激化しつつあった政治状況で、天皇の戦争責任を回避し日本社会を安定させるたかったGHQの冷徹な戦略の枠内で、日本政府に憲法改正に関する政策的決定の自由は実質的にはなかった。だが、それは当時の知的エリートにも見えなかったものだったのである。
 松本委員会の草案がポツダム宣言の条件に合致せず、当時の政治状況のタイミングの中では、日本国憲法は「押しつけ」憲法ではなく、「押しつけられざるを得なかった」憲法といえる。

 もし、「押しつけ」を認めたら、それは改憲論者に対する大きなポイントを与えるのではないかという恐怖感が長らく心ある憲法論者のを支配していたことは想像に難くない。だが実のところ、「押しつけ」憲法論者こそ、戦争に対して本当の意味で良き敗者になれなかった人間の発想ではないだろうか。自己のルサンチマンを発散するために、憲法がその自慰の道具になりうるのだろうか?
 だからなのであろう。彼らは、先の戦争について批判的な人々に対し、「現在の価値観で過去を裁く愚」なるものを説く。だが、こと現行憲法の制定に至る経緯について同様の公式を用いることはない。それが意識的なものかどうかはおいておくとして、彼らの「押し付け憲法」論がいかに政治的意図のもとで発言されているかの証左である。

 加藤は、この本のブックレビューを以下のように結んでいる。
「護憲の論理で巨大勢力と対峙すること。そのような関係はこれまで幾度もあったし、いまもある。今度は市民の側で新世紀にもっと新しい憲法草案を構想すること、21世紀の文明に寄与できる草案を提起すること、このレベルの改憲論議が欲しい。未来を作る楽しさがあるからだ。ただ未来を語る知的環境・能力がこの時代の日本人、こと為政者にあるかどうかは別問題である。」

<参考文献>
「新憲法の誕生」古関彰一(中公文庫)
「憲法本41 ―改憲・護憲をいうまえに学んでおくべきこと―」長谷部恭男編(平凡社)
by foresight1974 | 2005-04-12 23:29 | 憲法哲学

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