人気ブログランキング | 話題のタグを見る

青色LED訴訟:9年目の再検証(4)「向上しない裁判所の審査能力と愚昧な政府改正案・上」

あれほど耳目を集めた青色LED訴訟だが、決着の翌年となる2006年に奇妙な展開を見せる。
404特許を確保したはずの日亜化学が特許を放棄したのである。
そもそも放棄する特許ならば、わざわざ中村に対価を払ってまで特許訴訟を繰り広げる必要はなかったはずである。が、なぜ日亜化学はその特許の確保にこだわったのだろうか?
という疑問に、やはり日経ものづくり2006年5月号の中で近岡の取材に対し、日亜化学が驚きの事実を明らかにしている。

「中村氏は裁判戦略の一環として,米Cree Lighting社と契約を交わしていた。同社は日亜化学工業の競合メーカーである米Cree社の子会社である。内容は大まかに言うと,中村氏が日亜化学工業の複数の特許について東京地裁へ提訴し,その帰属(持ち分)が中村氏に移った特許についてはCree社側に実施権を与えるというものである(この内容については一般でも閲覧可能な裁判資料で筆者が確認した)。」
近岡裕「日亜化学,「404特許」放棄の深層」より




青色LED訴訟で対象となっていたのは1件の特許だが、実はこれには隠れた構図がある。青色LED訴訟の提訴に先立つ4か月前、日亜化学は米国Cree社に特許侵害訴訟を起こされている。この訴訟は後に和解することになるが、中村とCree社との間には中村が日亜化学を訴えるという条項があり、そのため中村が日亜化学を訴えていたのである。

いずれは放棄することになることが、高い可能性で予測されていた、価値の低い特許を巡って、である。

こうしてみると、青色LED訴訟は、一介の職人肌の技術者と古い体質の日本企業の対決、といういかにも日本人受けしそうな構図ではないことがお分かりいただけるだろうか。
青色LED訴訟は、日米の大企業が合いまみえる国際的な特許訴訟戦争の主要戦場の一つとして戦われていたということである。
しかも、当事者の一方は自ら同意して会社に譲渡したはずの特許を、別の企業と組んで強盗同然の行いで奪い取ろうとしていたのである。

こうした構図を捉えて、裁判所が限られた訴訟対象範囲から的確な判断をこなすことはそもそも原理的な困難が伴う。
それに加え、一審の東京地方裁判所は事実認定において2つの決定的なミスを犯している。

1つは、自社利用もクロスライセンスもされていない、404特許そのものの価値を過大に評価したこと。
もう1つは、特許成立にまつわる外部事情を一切斟酌していないことである。

この2点については、当時私も部分的に書いているが、うまく言語化して整理できていないもどかしさがあった。これらの点に明晰な回答を与えているのが、同志社大学・山口栄一の「青色LED「200億円判決」の決定的な誤り」である。
山口によれば、一審・東京地裁の判決の問題点は2つあるという。1つは、イノベーションの生成プロセスを無視しているため、404特許の価値を無際限に拡大解釈していること。もう1つは、経営上のリスクチャレンジによるリターンと発明の対価の議論が混同されている点である。
特に後者の問題について、山口は「日亜化学の会社の存亡をかけた投資だった」という。裁判資料によれば、日亜化学が青色LEDの量産化技術によって売上が急増する1997年まで、4年間で149億円もの設備投資を行っている。当時の年間売上高200億円の企業がである。
山口はいう。

「 あえて歴史に「もし」を突きつけてみよう。もし会社の決断がなければ中村氏は最先端研究の世界に入ることはできなかった。そして、中村氏が「宝くじ」を引き当てるように結晶成長の最適条件を探り当てなければ、日亜化学は今でも蛍光体事業を細々とやる辺縁の小企業であり続けた。
 このことを前提にした上で、しかしそれでも「日亜化学は如何にして青色・白色LED の市場をほぼ独占的に開拓できたか」という問いに対する答えは、93年の「選択と集中」の経営判断によって、量産化の前に必ず横たわるデス・バレーを乗り切ったことにあるというべきだ。その結果によって、青色LED の発明者としての社会的名声が、中村氏に与えられた。逆に、中村氏の幸運とそれに続く発明があったとしても、93 年の決断がなかったら、赤﨑氏・天野氏の技術供与を受けた豊田合成が市場の覇者として独占的に青色LEDを市場に供給していたにちがいない。
 元来、企業が生み出す経済価値は、発明などの技術革新だけで生み出されるわけではない。発明で得られた価値創造をいつ、如何にして社会に投入し経済価値に変えていくかという経営判断、さらにはその価値を市場に運んで顧客を開拓し価値のネットワークを広げるマーケティング努力があって初めて、生み出される。
百歩、裁判官に譲って「中村氏がその発明を独力で、まったく独自の発想に基づいて」達成したとしても、青色LED 市場を開拓して経済価値を生み出した営為、つまりイノベーションは、発明者がたった1 人で成立させうるべくもなく、もっぱら経営者のリスクへの挑戦力に因っている。」

山口はまた、独自の発明対価の試算を行っている。これによれば、中村の日亜化学における発明全体のイノベーションへの貢献度は最大で3分の1程度、対価は貢献した売上高の算定方法によってブレが生じるが、683万~6833万円の間だという。
ちなみに二審・東京高裁が算定した特許対価は1010万円である。東京高裁が技術者出身の学者である山口に近い推論をなしえたのは、東京高裁で担当したのが知的財産の専門部、のちに知財高裁に発展するセクションだったということも一因であろう。
しかし、これを全産業分野の特許について裁判所に対価算定の審査能力を求めるのは物理的に不可能である。が、現行の法律・制度と判例に基づくと、このような仕組みになっているのである。



by foresight1974 | 2014-10-25 12:22 | ビジネス法務

真理を決定するものは、真理それ自体であり、それは歴史を通して、すなわち人類の長い経験を通して証明せられる。(藤林益三)


by foresight1974