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青色LED訴訟で裁判所には何が出来たのか?(By foresight1974)

 さて、前回のブログの続きをお話していきたい。
 本件訴訟において、東京高等裁判所は6億円という和解案を示したといわれている。第1審の東京地方裁判所は200億円という破格の判断を示したインパクトがあってか、この額は低すぎるという考えの方が多いようだ。
 だが、問題は金額の多寡ではない。中村氏から「腐り切っている」とまで罵倒されたあの言葉は正しかったのか。



 まず、その前に本件訴訟でも争われている旧特許法35条の構造についておさらいしておこう。
 同条は、1項において職務発明の定義と職務は巣名であっても原則的には発明者に帰属することを定めている。しかし、第2項は、職務発明については、勤務規則等によってあらかじめ発明者は企業に職務発明にかかる権利を譲渡すべき旨を定めることが出来る。第2項によって譲渡が行われた場合、第3項は発明者は相当の対価を受ける権利を有し、第4項は「会社の得た利益」と「会社の貢献度」を参酌すべきであると規定している。
 本件訴訟で争われたのは、この第3項および第4項である。(発明の帰属については、第1審の中間判決において、日亜化学側に帰属すると判断された)

 さて、ここで注目すべき論考をご紹介したい。「ビジネス法務」(中央経済社)にたびたび職務発明制度問題について寄稿している鮫島正洋氏である。弁理士・弁護士の両方の資格を持つ氏は、職務発明に関わる報酬を規定した旧特許法35条について非常に明快な指摘をしている。

 鮫島氏は、近年最高裁判所が旧特許法35条について判断した「オリンパス事件判決」(最判平15.4.22)に注目した。同判決は、オリンパス光学工業の元技術者と同社との間で、いったん会社側から支払われた発明報奨金の追加請求が認められるかどうかが争われた事件で、最高裁判所は、元技術者の請求を認め報奨金の追加請求を命じたものである。同判決によれば、「いまだ職務発明がされておらず、承継されるべき特許を受ける権利などの内容や価値が具体化する前に、あらかじめ対価の額を確定的に定めることができないことは明らか」であり、「勤務規則等に定められた対価は、これが同条3項、4項所定の相当の対価の一部に当たると解し得ることは格別、それが直ちに相当の対価の全部に当たるとみることはできない」とし、結論において勤務規則などであらかじめ報償の額が定められていたとしても、旧特許法35条3項、4項に基づき報奨金の支払いが認められる。としたものである。

 氏によれば、問題点は同条の「強行規定性」を認めた上記の部分である。強行規定というのは、当事者間の合意に関わらず適用される規定のことである。民事法は基本的には契約自由の原則があり、当事者間の合意は法の規定に関わらず、まず第1義的に尊重されるが、強行規定は社会的弱者の保護や契約当事者間の公平を担保するために一定の法的保護を与えるための規定である。しかし、問題なのは何が強行規定にあたるかは立法の規定によるほか、裁判所の判断に委ねられる部分が大きいということである。先のオリンパス事件判決は、法的性質につい見解の対立があった旧特許法35条について強行規定であることを明確にしたのである。

 鮫島氏は、この条文について以下の3点の問題を指摘している。
①本来、インセンティブにすぎない発明報奨金を司法判断で支払いを命じることが出来るのは行き過ぎではないのか。(裁判所の審理能力の限界性)

②この種の事案で企業側が全面的に勝訴した事案はない(請求棄却判決がない)。よって、裁判所が同条を強行規定としたことにより、企業側はいかなる手段を講じたとしても、一部にしろ敗訴の可能性、何らかの債務を突然に負担するリスクを負い続けることになる。(強行規定性への批判)

③株式会社において利潤は本来、発明者ではなく株主に帰属するはずなのに、たとえ超過利益とはいえ発明者が「横取り」するのは株式会社の仕組みに反する。(中村氏の主張の矛盾)

(中央経済社「ビジネス法務」2004年4月号より)


 各点について検討してみよう。
 ①については、妥当とも妥当でもないとも言える。というのはそもそも発明報奨金については近年こそ訴訟が急増したものの、これまではほとんど争われることのなかった事案だったからである。それだけ日本の研究者が不当に冷遇されてきたともいえるし、結果として同条が研究者の「待遇向上」に一定の寄与したという面は否定できない。だが、本件訴訟では、原告の中村氏側は発明による会社の利益は2652億円にのぼると主張したのに対し、日亜化学側はマイナス14億円だと主張した。双方とも口からでまかせで行ったのではなく、監査法人に算出させた鑑定書である。弁論主義の下とはいえ、ここまで双方の主張に隔たりがあっては、裁判所の事実認定は著しく困難なものとなった。
 知的財産の評価方法については経済産業省などが算出モデルを提示したりしているが、実際には「知の価値」というのはそれだけ恣意的に量られているというのが現実なのだ。そういう意味では中村氏が「裁判官の個人的判断」というのは的外れな批判ではないが、そういう状況に追い込まれた事情があったわけである。
 ②については、まさに旧特許法の致命的欠陥といえた。明文の規定がない以上、裁判所の解釈によって定める余地もあるにはあったが、訴訟に持ちもまれた事案における企業側の報償制度は、どれもこれもお粗末極まりないものであった。日亜化学も中村氏に二万円しか支払っていない。もちろん、昇進などで報いる余地もあるだろうが、研究の成果の人事上の評価と発明そのものの対価とは法律上は本質的に全く別のものである。これは、法の不備以上に企業側の認識の甘さの責任が大きいといえる。
 ③については、中村氏はオーナー社長が持ち株で莫大な利益を得ていることも指摘していたが、日亜化学がオーナー企業であることと株式会社のルールとの批判を混同している。確かに日亜のオーナー達は莫大な利益を手にした。だが、同じように莫大な利益を手にした個人株主達も大勢いるのである。超過利益とはいえ、旧特許法35条による報償は、彼らが得べかりし利益を減じることであるという事実には変わりはない。残念だったのは、こうしたオーナー企業が得る莫大な利益について、和解案を示した東京高裁がほとんど斟酌していないことである。中村氏の報奨金を減らすということがどういう意味を持つか、東京高裁は捉え切れなかった部分はある。が、そうしたことは、旧特許法35条を強行規定とした最高裁の判断の枠内、ほとんど出鱈目としか言いようのない特許の価値の主張を繰り広げる当事者の弁論主義の枠内の中で、裁判所が事件の構図を読み取りながら判断せざるをえなかったためである。

 このような状況の中、新しい状況が生まれた。昨年の通常国会において特許法が改正され、旧特許法35条も改められたのである。
 まず、①契約、勤務規則その他の定めにおいて合理的な方法によって報償制度が設けられている場合は、報償金の追加請求は出来なくなった。②何が合理的であるかは、その発明の算出方法や決定手続の両面から判断されることが明確になったのである。また、③報償金の算定にあたっては、発明による会社の利益、会社への貢献度のほか、その他事業化にかかる費用、営業活動の成果などの事情が斟酌することができるようになった。また、各企業においての具体化にあたっては、特許庁が平成16年10月に「新職務発明制度における手続事例集」を公表されたので、このガイドラインに従うことになるだろう。
 しかし、それでも合理性についての当事者の思惑を完全に封じ込めることは出来ない。やはり紛争の可能性は残されたのである。鮫島氏も今回の改正については、当事者の主張が変化するだけで、訴訟リスクの低下にはつながらないと指摘している。

 鮫島氏はここで、海外の職務発明制度を大きく二つに分類している。

A.アメリカ型・・・企業と従業員との契約であらかじめ定める方法である。人材流動性が高く、知的エリートと企業が対等の契約者となりうる社会では利点があるが、日本のように人材流動性が低い社会では企業側に有利になりがち。また、評価のコストが大きくなる。

B.ドイツ型・・・国家が定めた一定の基準で保障される方式。評価コストが小さく、日本型に近いが、基準の解釈をめぐる職務発明訴訟が頻発している。
※この点、日本経済新聞2005年1月11日夕刊において「海外で訴訟がおきることがまれ」というのは明白な間違いである。

 そこで、鮫島氏は建設的な解決策の提案をしている。
 まず、発明者を「発明の実績のある者(A群)」と「新卒・若手エンジニア(B群)」に分け、前者は発明実績について交渉力があるのでアメリカ型の契約関係で処理し、後者については日本、ドイツ型の法律や行政基準による保障を行うというものである。後者には依然として訴訟リスクが残るものの、若手の研究実績から報償額が低く、訴訟リスクも小さいというわけである。

 鮫島氏は、今回の特許法改正により勤務規則や報償制度の制定など、当事者が対話する機会をなかば強制的に与えたとし、正しい方向にインセンティブを与える方向の人事改革が必要であると結んでいる。今回の問題に関しては、私は司法や立法者は限られた状況の中で出来る限りのことをしたと考えている。後は、この社会で営んでいる企業と人の努力の問題である。

 そして、冒頭の発言に戻ろう。中村氏は確かに法の専門家ではない。だが、彼が本件訴訟を通していい続けたことは、単に「それは企業の利益から自分の利益か」という単純な二元論であった。鮫島氏が示したような企業と人との建設的な交わりによる構想力を示したことはついになかった。
 果たして法によって救われた彼が、ここまで司法を罵る資格があるだろうか?

※鮫島正洋弁護士の参考文献
「どう変わる?特許法改正による職務発明制度の見直し」ビジネス法務2004年4月号
「オリンパス敗訴の最高裁判決は何をもたらすか」ビジネス法務2003年7月号
「職務発明制度の動向と報償への司法のかかわり」ビジネス法務2003年2月号
(発刊はいずれも中央経済社)


by foresight1974 | 2005-02-26 21:48 | ビジネス法務

真理を決定するものは、真理それ自体であり、それは歴史を通して、すなわち人類の長い経験を通して証明せられる。(藤林益三)


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