過ちては改むるに憚ること勿れ(孔子「論語」)



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by foresight1974 | 2016-03-19 18:17 | 9条問題
ここに政府は連合国総司令部との緊密なる連絡の下に憲法改正草案の要綱を発表する次第であります。
(幣原喜重郎 1946年3月6日憲法改正草案発表時の謹話より/出典:古関彰一「日本国憲法の誕生」岩波現代文庫)


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by foresight1974 | 2016-03-19 17:53 | 9条問題
これは八月十五日につづく第二の敗戦であった。「押し付け」とは武力による敗戦に続く、政治理念、歴史認識の敗北であり、憲法思想の決定的敗北を意味した。(古関彰一「日本国憲法の誕生」岩波現代文庫)


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by foresight1974 | 2016-03-12 21:47 | 9条問題
不可能を消去して、最後に残ったものが如何に奇妙なことであっても、それが真実となる。(シャーロック・ホームズ)


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by foresight1974 | 2016-02-28 00:05 | 9条問題
「(自衛隊誘致は)産業と考えている」
「配備に伴い町民に50万円ずつ配りたい」
「防衛は国が考えることで、知ったことではない」
(与那国島町長/外間守吉の発言とされる)


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by foresight1974 | 2015-05-03 19:45 | 9条問題
「憲法と平和」とくれば、憲法に反する自衛力の保持を断固糾弾し、その一日も早い完全廃棄と理想の平和国家建設を目指すべきだという剛毅にして高邁なるお考えの方もおられようが、そういう方に本書は全く向いていない。
(長谷部恭男「憲法と平和を問いなおす」ちくま新書)


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by foresight1974 | 2015-03-01 12:17 | 9条問題
 「戦争体験」は多様である。
 改めて、そう実感する番組だった。

「dear hiroshima~ワンピースの写真が北米市民に投げかけた波紋~」
( http://www.nhk.or.jp/war-peace )

 広島で被爆し亡くなった少女らの遺品を撮影した写真展が、カナダ・バンクーバーで開かれた。
 てっきり、原爆問題に関心のある方ばかりが関心があるのかと思いきや、実に多様な背景を持った人々が集ったのだった。
 先住民として原爆開発の犠牲になった人、祖国の内戦に想いを馳せた人、広島が出身の日本人女性と結婚した人―。

 白い空間の中に静かに飾られた写真は、ただ、眺めているだけで人の心の奥深くに眠っている“静謐な感情”を呼び覚ましてくる。
 雄弁でもなく、圧倒的な威圧でもなく、峻厳さでもない。
 ただ、そこに飾られたワンピースの遺品の写真が、それを着ていた少女に降りかかった悲劇の痛ましさに、黙って心を寄せたくなる、そんな想いに捉われてしまう。

 戦後67年と報道される。
 だが、それは“日本”の場合に限っていえることである。
 なぜなら、海外に出たら67年も戦争をせずにきた国の方が稀だからである。
 写真展が開かれたバンクーバーのあるカナダもここ数年、アフガニスタンで多くの犠牲を払ってきた。
 
 そして、67年はただ単に幸運に恵まれた、というだけではなく、痛ましい悲劇の記憶をどう次の世代に引き継いでいくのか、という極めて困難な問題を突きつける。
 
 ETV特集「沖縄戦 心の傷~戦後67年 初の大規模調査~」
 http://www.nhk.or.jp/etv21c/file/2012/0812.html

 は、このことを考えるうえで、重い一撃を見る者に与える作品だった。
 これほど、苛烈な記憶を刷り込まれた者が、自身の戦争体験を語るということが、いかに激痛を強いるものか。これほどの痛みを伴うものなのか。

 戦争の記憶を引き継ぐ重要性はわかりつつも、自分の体験について口が重くなる、というのはよく聞く話であるが、その記憶の苛烈さに重いを馳せるとき、勇気をもって口を開いた体験者の語りがいかに尊いものであるか、改めて学ばされる。

 小熊英二が「民主と愛国」で活写したように、戦争体験はその後の日本の戦後思想に決定的な影響を与えている。
 戦争体験を学ぶということは、決して過去の記憶を保存するということだけではない。
 今の時代の流れに向かい合うということでもある。

 今年も、竹島・尖閣諸島・靖国神社で低劣な愛国パフォーマンスがまたも繰り広げられた。
 そんな時だからこそ、「静かに考える-Thinking Quietly-」。
を忘れずにいたいと思うのである。
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by foresight1974 | 2012-08-22 20:17 | 9条問題
 絶対的平和主義が成立する前提を考えると、一般にはいわゆるユートピア的な状況が想定されがちだ。軍事力の強い国が弱い国を踏みにじってきた歴史が過去に数多く存在することを考えると、そうした想定をすることは自然ではある。
 が、ここで考えたいのは絶対的平和主義が成立「しうる」前提である、ということである。絶対的平和主義も抑止力による平和主義も、最終的には民意に委ねられた政治家の意思によって決定される。その意思決定が可能な範囲がどの程度存在するかを明らかにするのが本稿の任務である。
 絶対的平和主義は、軍事力による防衛という手段を放棄する政策である以上、その政策決定が可能であるには、常に周辺国との間で1つの共通認識が必要である。それは、軍事的攻撃の誘惑より平和を維持する魅力が常に勝っていなければならない、ということである。それはいったいどのような前提があれば可能だろうか?

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by foresight1974 | 2010-03-28 09:57 | 憲法哲学
 「神学論争はやめよう」という議論は、政府解釈を骨抜きにして解釈改憲をさらに進めることで、軍事法制の整備に関する支配層の「思惑」を実現する手法だといえる。(中略)妙なネーミングだが、「法解釈をする気のない解釈改憲論」と呼べるだろう。
 他方、解釈改憲最悪論は、神学論争をこれ以上続けるべきではないので、明文改憲をするべきと論ずる議論である。この意味で、神学論争批判と解釈改憲最悪論は「神学論争はやめよう」という主張を共有していながらも、その処方箋は一見、正反対である。前者は解釈改憲を提唱し、後者は明文改憲を提唱するのだから。
 しかし、すでに指摘したとおり、軍事大国化を熱望する人びとは、解釈改憲のさらなる濫用と明文改憲の実現という二兎を追っている。よって、現代改憲状況の下では、神学論争批判と解釈改憲最悪論は共犯関係にある。
 (愛敬浩二「改憲問題」ちくま新書)


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by foresight1974 | 2009-05-03 10:41 | 9条問題
 昨日、久しぶりにヤフーチャットに参加し、懐かしい常連の皆さんとチャットしながら、NHK「日本の、これから」を見てました。
 この番組、第1回放送はあまりのグダグダぶりに、長くシリーズ化されることはあるまいと踏んでいたのですが。三宅さん、仕切りがかなり手馴れてきましたね。テーマによっては非常に見応えのあるものになっていて、最近の放送は必ずチェックしています。

 昨日は、市民参加型討論番組の最大のタブー・憲法9条についに切り込みました。
 そして、結果は第1回に逆戻りしたような散々なものに。。。

 番組を見ながら、チャットの常連たちと語らいました。

「いやー、改憲派はとんだDQNばっかりだな。」
「つーか、夢を見てばっかりじゃね?」
「しょーがないよ、みんな夢があるんだもの。。。」
「確かにねぇ。。。」

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by foresight1974 | 2007-08-16 22:37 | サイレント政治・社会評論

Let's think about day-to-day topics.


by foresight1974