<   2007年 01月 ( 9 )   > この月の画像一覧

富山県警誤認逮捕の男性「身内が認めたと迫られ自白」
1月26日16時59分配信 読売新聞


 富山県警が2002年、同県氷見市の男性(39)を婦女暴行容疑などで誤認逮捕した冤罪(えんざい)事件で、男性が読売新聞の取材に、無実の罪を自白するに至った経緯を初めて語った。

 男性によると、取り調べは、任意同行を求められた02年4月8日から始まり、「『身内の者が間違いないと言っている』と何度も告げられ、やっていないと言っても信用されるわけがないと思った。言われるままに認めざるを得ない状況だった」と話した。その上で、「身内までも僕のことを信用していないんだと思った。気が抜けたようになってしまった」と語った。男性は3回目の聴取で自白に追い込まれた。

 さらに、「『うん』か『はい』以外に言うな。『いいえ』という言葉を使うなと言われた」とし、「今からいう言葉を一切覆しません」とする念書も書かされ、署名、指印させられたとも語った。被害者宅に押し入った手口も「酒屋を装って電話をかけたんじゃないかと言われ、同意させられた」とした。


感想:
何が美しい国だよ。笑わせるな。
刑事訴訟法を改正する前に、教育基本法をぶっ壊す能タリンが首相になることほど、悲惨なことはないね。
[PR]
by foresight1974 | 2007-01-27 21:11 | 正義の手続を考える

鹿児島県警のバカどもへ

「公選法違反の取り調べで賠償命令 鹿児島地裁」(毎日新聞2007年1月19日)

 鹿児島県議選の公選法違反事件に絡み、県警の任意取り調べで「家族らの名前などを書いた紙を無理やり踏まされ精神的苦痛を受けた」などとして同県志布志市の会社役員(61)が県に200万円の損害賠償を求めた訴訟で、鹿児島地裁は18日、取り調べでの違法行為を一部認定し、県に60万円の支払いを命じる判決を言い渡した。高野裕裁判官は判決で「取り調べ手法が常軌を逸し、公権力をかさにきて原告らを侮辱するもので、精神的苦痛は甚大」と述べ、密室での違法捜査を厳しく批判した。

 判決によると、原告は03年4月中旬、投票依頼のためビールを配ったなどの容疑をかけられ、志布志署の取調室で任意の取り調べを受けた。その際、捜査2課の警部補に両足首をつかまれ「お前をこんな人間に育てた覚えはない」「早く正直なじいちゃんになってください」などと、父親や孫のメッセージに見立てた言葉を書いた紙3枚を無理やり、少なくとも3回踏まされた。また、トイレに行く際に警察官から監視され、外出や帰宅の求めに応じてもらえず、精神的・肉体的に苦痛を受けた。

 警部補は証人尋問で「1回だけ足を紙の上に置かせた」と踏ませた行為を認めたが、「黙秘する態度は親族の気持ちを踏みにじるのと同じと諭すためだった」と主張し、県側は捜査の違法性を否定していた。

 原告は、問題の任意調べの容疑では立件されず、03年7月に別の現金買収容疑で逮捕されたが、翌月に処分保留で釈放。同12月に不起訴になった。

 判決を受けて県警の上永田政夫監察課長は「主張が認められず残念。判決内容を検討して今後の対応を決めたい」とのコメントを出した。


・・・ハァ?
「黙秘する態度は、親族を踏みにじる」だとぉ!?

バカかおまえたちは。
黙秘権は憲法上の「権利」だ!!

More
[PR]
by foresight1974 | 2007-01-27 21:05 | 正義の手続を考える
 (3)のつづき
 ということで。。。で終わっては、鏡氏とTSUNAMI氏に大変申し訳がないので、ちゃんと続きを書きます。(笑)

 ことわっておくが、私が回答するのは、鏡氏の問題設定そのものではない。
 氏の問いに答えるならば、「ない」と答えるか、「たくさんある」と答えるほかないからである。
 しかし、鏡氏の問題設定の意図を合理的に解釈するならば、「新たに9条を支える思想的根拠を生み出すとしたら何か?」という問いを設定し、回答を試みる意義はあると思う。

 そこで、以下に述べることは、私が憲法9条に込めたいと思っている、現時点では私の個人的な理念にすぎないことをお断りしておく。
 すでに長々と書いているように、憲法9条の理念をこのように「発展」させたところで、国民の多数が「イヤだ」といってしまえばそれだけのものにすぎない。

 新たに9条を支える思想的根拠とは何か?
 それは、人間の尊厳を擁護する手段的権利という意味での、平和的生存権である。

More
[PR]
by foresight1974 | 2007-01-17 21:27 | 9条問題
第一に、「憲法と平和」とくれば、憲法に反する自衛力の保持を断固糾弾し、その一日も早い完全廃棄と理想の平和国家建設を目指すべきだという剛毅にして高邁なるお考えの方もおられようが、そういう方には本書は全く向いていない。
(長谷部恭男「憲法と平和を問いなおす」ちくま新書)


More
[PR]
by foresight1974 | 2007-01-15 20:39 | 9条問題
小熊:・・・「戦後民主主義」と呼ばれるようなものがなぜあれほど楽天的なヒューマニズムを語ったのか、転向したといわれる人たちがなぜあのようなものを書いたのか、自分が納得できるまで追いかけてみたかった。
 最初は、戦争の影の巨大さを、(「民主と愛国」で)あそこまで主題にして据える予定はなかったんです。いろいろ調べているうちに、これが最大の背景になっていることがだんだんわかってきた。戦争中の醜悪な体験は、みんな語りたがらない話だったので、表面的には目立たないけれど、どの戦後思想を読んでも断片のように出てくる。それがだんだんと集まって一つの像をなしてきて、これを最初に置かないと話が成立しないと分かったわけです。
(小熊英二「対話の回路・戦後思想の巨大なタペストリー」新曜社)


More
[PR]
by foresight1974 | 2007-01-14 22:45 | 9条問題
今沢:たとえば、この喫茶店は普通の喫茶店よりも、音楽を大音量でかけるでしょう。
小熊:今沢さんは、本当にいろんなジャンルの音楽を自分で聞いて選んで、曲順まで指定して流していますよね。私もそれが魅力でこの喫茶店に通っている。
今沢:ところが、スタッフに「店内で音楽を途切れさせるんじゃない」といっただけで、すごいことになるんですね。「途切れさせなければいいんでしょう」となっちゃう。
小熊:なるほど。
今沢:それで一言じゃわからないだろうと思って、たとえばそれをもっと細かい文章にして、マニュアルみたいにしたとするでしょう。そうすると、今度は、それに僕が規定されちゃうんですよね。
小熊:自分がつくった物語に自縄自縛になっちゃうわけですね。
(中略)
今沢:結局、最後には面倒くさくなって、スタッフにはもう「メニューをちゃんとつくれ。」とか「店を開けてくれてさえいればいい。」とかくらいしか、言えなくなってくるんですよね。
小熊:なるほど。
今沢:そうなると、そのスタッフが、やる気があるかどうかで左右されちゃう。
(小熊英二「対話の回路・秘密の喫茶店」より 新曜社)


More
[PR]
by foresight1974 | 2007-01-13 19:10 | 9条問題
国交省水門工事で官製談合の疑い 公取委が防止法適用へ(2007年1月6日 asahi.com)
 国などが発注した水門工事の入札を巡り、大手プラントメーカーなどが談合を繰り返していた疑いがある問題で、公正取引委員会は、国土交通省発注工事で同省職員が落札希望業者を業者側に伝えるなど「官製談合」があったとの見方を強め、官製談合防止法を適用する方向で検討に入った。


More
[PR]
by foresight1974 | 2007-01-08 20:22 | フリー、そしてフェア・トレード
 さて、前回では愛敬浩二が「改憲問題」(ちくま新書)で示した「絶対平和主義のリアリズム」の要点を説明した。
 もう一度敷衍すると、愛敬が同書で引用した憲法学者・樋口陽一の以下の言葉に尽きることになる。

 戦後憲法学は「非現実的」という非難に耐えながら、その解釈論を維持してきた。・・・・・・その際、過小に見てはならないのは、そういう「非現実的」な解釈論があり、また、それと同じ見地に立つ政治的・社会的勢力・・・・・・があったからこそ、その抑止力の効果を含めて、現在かくあるような「現実」が形成されてきたのだ、という事実である。


More
[PR]
by foresight1974 | 2007-01-03 16:35 | 憲法哲学
 来年の通常国会で大詰めの審議を迎える、憲法改正の手続を定める国民投票法に投票日前のテレビCM禁止規定が盛り込まれることになった。有力な案は投票日7日前からテレビ・ラジオ放送ともに全面的に禁止となる。

 興味深いのは、自民党案だけではなく民主党も賛成しており、社民党も理解を示しているということだ。改憲派は、批判のCMが直前まで流されることを恐れており、護憲派は、資金力で圧倒する護憲派のCMキャンペーンが直前まで大量に流されることを恐れている。
 要は、テレビの影響力を双方とも恐れているのだ。

 それでは問う。
 そこまで批判やキャンペーンを恐れる憲法改正ってなに?護憲てなんだい?
 批判に耐えられない憲法改正ならいらないし、キャンペーンで改正される憲法ならば、国民にととっては「所詮はその程度」ということではないか?郵政解散などという八百長にまんまと引っかかるような国民には、立憲主義など高嶺の花ということではないか?
 などと、シニカルな疑問がいくつも浮かんでくる。

 15秒しかないテレビCMでは、それほど多くのことを伝えられるわけではなく、意味がないという意見もある。確かにネット広告などが発達し、CM省略の録画技術が発達している現在において、広告効果は大いに疑問がある。

 だが、問題はそういうことではない。
 憲法改正の国民投票という、民主主義の決定で最も重要な手続で、どれだけ多様な意見を国民に伝えられるか、ということだろう。
 発想としては、消耗を避けるための自主規制ではなく、双方が平等に意見広告を流せる公的な保障制度だろう。

 憲法改正は、護憲派と改憲派のデスマッチなのだ。
 1週間も前からタオルを投げるような規制など無用である。
[PR]
by foresight1974 | 2007-01-02 10:47 | 表現の自由への長い道距

Let's think about day-to-day topics.


by foresight1974