安倍晋三、自らの「幻影」に破れる

安倍は「闘っている」という言葉に酔っているものの、実際には闘っていないのである。
(キ文康隆「経済報道解読ノート72・国民を味方にできなかった安倍の躓き」Foresight2007年9月号・新潮社)
※「キ」は、漢字「七」を漢字「森」状に配した字





 キ文康隆。
 この人物は凄い。豊かな知識と鋭い洞察力、高い倫理観と定見を持ち合わせたコラムニストが、他にどれほどいるだろうか。
 新潮社の国際政治経済情報誌・Foresightの中で、読む価値のある数少ない連載コラムとなってしまったが、筆の冴えは未だ衰えを知らない。
 9月号(8月18日発行)は参院選大敗直後の記事ということになるが、安倍の「躓きの石」が何かについて、過不足なく(←これが凄い!!)喝破しているのである。

 コラムの書き出しは、安倍の叔父にあたる西村正雄・元日本興業銀行頭取の言葉から始まる。

「大変残念なことだけれど、晋三は総理の器ではないのだろう」


 安倍晋三の父・晋太郎の死後、西村は後見人を自認していたが、晋三が小泉後継候補として路線を継承しようと考えていること、そして事あるごとに祖父・岸信介を引き合いに出すことに強い警戒心を抱いていた。
 その思いは2006年7月号の「論座」に託し、晋三へ宛てた手紙の中で「総裁選出馬は政界の流れからやむを得ないにしても、次期総理は時期尚早、小泉亜流は絶対不可、竹中等市場原理主義者や偏狭なナショナリストと絶縁し、もっと経験を積むように」とまで直言していた。
 だが、その願いは聞き届けられることなく、9月に晋三は総裁選挙に勝利し、政権の座についた。西村はその報に接することなく、8月に急死していた。
 そして、西村の懸念は1年後に的中したのである。

 キ文は、安倍晋三と前任者・小泉純一郎との差を「メディアとのコミュニケーション力」に見出している。

 小泉純一郎は、天才的なコミュニケーション能力でメディアを使いこなし、国民の圧倒的な支持を得てきた。だが、安倍はその遺産を1年で使い果たしてしまった。
 (中略)
 安倍晋三は。。。「民主主義とメディア」、「政治とメディア」の関係をどう考えていたのか。朝日新聞に対する名指しの批判や、さまざまな訴訟からは、ジェファーソンが持っていたような深い葛藤は感じられない。
 安倍はメディアとの対決を、自らの「闘う政治家」というイメージに繋げようとしていた節がある。
 しかし安倍晋三が昨年出版した『美しい国へ』という本を読み返してみると、彼のいう「闘う政治家」の底の浅さ、自己正当化の理論に驚かされる。
「わたしが拉致問題について声をあげたとき、『右翼反動』というレッテルを貼られるのを恐れてか、運動に参加したのは、ほんの僅かな議員たちだけであった。事実、その後、わたしたちはマスコミの中傷の渦の中に身をおかざるをえなかった。『応援しているよ』という議員はたくさんいたが、いっしょに行動する議員は少なかった。『闘う政治家』の数が少ないのは、残念ながら、いつの時代も同じだ」
 政治家の命は言葉である。みずからの空虚な饒舌が、なぜ小泉純一郎の「ワンフレーズ・ポリティックス」におよばないのか。安倍にはそれを受け止める感性とメディア観が欠けている。安倍は「闘っている」という言葉に酔っているものの、実際には闘っていないのである。
 (中略)
 メディアとどうつながるかは。。。あらゆる運動にとって最重要の戦略である。すべてのメディアと対立するなどという選択肢は、個人的な趣味の問題としてはあり得ても、政治家としてはぐの骨頂である。
 にもかかわらず安倍は朝日新聞との対決に訴訟を連発し、菅義偉総務大臣を使って、NHKや民放に改革を迫る。さらに新聞の再販制度に対して厳しいスタンスの竹島一彦公正取引委員会委員長を再任する。とくに朝日の報道が、メディアとしての姿勢を疑わせるものであるのは事実だが、安倍はメディアの報道を法的措置で正そうとすることに躊躇しない。そのことの持つ危うさを理解していない。
 個人の名誉の問題、公人としてのジャーナリズム批判、インターネット時代のメディア政策という階層の違う問題を、ひとつの問題として対処しようとした結果、メディア関係者の大多数が安倍政権に対して違和感を強めてしまったのである。
 

 そして、キ文はコラムをこう締めくくった。

 西村が「総理としての資質に欠ける」といったのは、安倍晋三という人間に、「二十一世紀の時代を乗り切るだけの『人間観』が欠落しているのではないか」という疑問なのである。そして参院選をめぐる彼の言動は、どうやらそれに対する答えを出してしまったようだ。


 「メディアと権力」、「表現の自由と政治」は民主主義社会で暮らす万民にとって、重い問いかけである。
 法的権利としての重要性だけでなく、両者の「緊張関係」を読み解くことこそメディア・リテラシーの真髄であることを知り抜いている、秀逸なコラムである。

 このコラムが世に出てからほぼ1ヶ月。安倍晋三は退陣を表明した。
 ここまで読まれた方はお分かりだろう。安倍晋三は一体何に破れたのか?
 メディア?
 民主党?
 世論?
 いや違う。

 「闘う政治家」という、自らの「幻影」に破れたのである。
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by foresight1974 | 2007-09-14 01:13 | サイレント政治・社会評論

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