テロ特措法を問いなおす意義

 9月に召集されると予想される臨時国会の最大の論争点が、テロ対策特措法の延長問題であることは疑いないであろう。

 2002年9月11日に発生したアメリカ同時多発テロに対して、日本が、アメリカの対テロ軍事行動を支援するための法律である。実際には、米国のアフガニスタン報復攻撃の後方支援に当たっている。
 11月1日に期限が切れる予定だが、過去4回延長がされている。政府・与党は延長を主張しているが、過去4回反対してきた野党は、参議院で否決する構えを見せている。

 この法律の延長の妥当性については機会を改めて述べることにして、今回は、テロ特措法延長問題を考える意義について記しておきたい。

 この問題が持ち上がったとき、頭に浮かんだ論文がある。慶應義塾大学助教授・小熊英二「対話の回路」の中に収録されている論文「戦後日本のナショナリズム・スパイラル」だ。



 よく言われる日本の「対米従属」であるが、小熊はこれを二つに分析する。
 一つは、軍事力の対米従属だ。自衛隊がアメリカ軍の実質的な「下請け化」され、自らの国益に基づいた軍事行動が不可能になっている。
 もう一つは、対アジア関係の対米従属である。日本の戦後復興とアジア諸国との和解はアメリカの後押しなしにありえなかった。最大の難点である対日補償問題は、各地に樹立された反共政権が力で押さえつけ、日本はODAでそれを支援するという図式だった。しかし、冷戦終結後、「豊かになりすぎた日本」に対する要求はエスカレートしてきている。
 この二つの対米従属で、戦後日本のナショナリズムは徹底的に傷つけられている。

 そこで、傷ついたナショナリズムの代償行為として、保守派が考えたことは二つある。
 まず、軍事力の対米従属に対して、自衛隊の強化や改憲を主張することだ。だが、現実的には自衛隊の作戦能力はアメリカ軍に大きく依存しており、これらの強化は結果的に対米従属をますます深めてしまっている。
 次に、15年戦争の正当化や愛国心、国旗・国歌、靖国神社といったシンボルによる政治だが、これを実行するとアジア諸国との関係は冷却化する。そうすると、関係打開のためにアメリカの影響力を頼るかたちにならざるをえない。
 こうして、結果的に対米従属が深まっているプロセスを、小熊は「戦後日本のナショナリズム・スパイラル」と名づけている。

 テロ対策特措法は、イラク特措法と並んで、9・11以後の世界において新たな対米従属のシンボルであるといえなくはないだろうか。
 この呪縛を解き放つには、二つの方向性がある。一つは、小林よしのりに見られるような「戦前回帰型・反米的な自主独立路線だ。しかし、これは一笑に付すべき代物である。戦後の自由で民主的な社会を味わいつくした国民が、このような古典的な誇りに組織化されるとは到底思えないし、小林的な「愛国義務」には、強烈でエゴイスティックな抵抗に遭うだろう。
 もう一つには、ナショナリズムに変わる新しい日本の政治路線を構築することである。それは、小泉・安倍の「インチキ・リベラリズム」ではない。マンガやアニメにみられる独自の文化、世界各国の社会に溶け込もうとする国民性、徹底的な非軍事化を志向した憲法9条に基づく平和主義。「ハードパワーのアメリカ」「武力による平和」に一線を画し、「ソフトパワーの日本」「武力によらない平和」を目指すべきではないだろうか。
 その政治的方向性を支える思想が、「リベラリズム」である。

 ただし、私はテロ対策特措法を否決して、一気に対米従属から解放するような過激な主張を持たない。対米従属は、過去数十年にわたってあまねくこの国の社会を覆っており、対米従属の「修正」は必要だとは感じても、「解放」には抵抗のある国民が多いと思われる。
 自民党がなぜ政権政党として君臨できたか。それは、単に選挙に強いというだけではなく、「アメリカとうまくやっていけるのは自民党だけ」という「幻想」がこの社会を覆っているのである。こうした幻想を一気に覚ますのは、極めて危険である。

 対米従属からの解放は極めて政治的に行われなければならず、ときには後退とみえるような施策まで混ぜる必要がある。
 よって、テロ特措法を否決することだけが民主党の政策オプションだとは、私は考えない。 国民から「民主党でもアメリカとうまく折り合っていける」と安心感を持ってもらえるためには、軍事だけではなく、経済、環境にいたるまで、複数の異なるジャンルの政策メニューを組み合わせ、かつ自民党とは一線を画したかたちで、国民に示す必要がある。

 テロ特措法はこうした「対米政策」問いなおしの一環として捉える必要がある。
 11月の延長期限まで、当ブログはこうした視座からテロ特措法を論じていきたいと思う。
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by foresight1974 | 2007-08-18 21:59 | 9条問題

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