NHKドラマ「ハゲタカ」補論(4)「大空電機・企業は人の虚実」

※2月に放送されたNHKドラマ「ハゲタカ」の再放送に合わせて再編集しました。

 第4回からは、総合電機メーカー・大空電機の再生を巡る攻防に移る。
 さて、2月~3月に「ハゲタカ」全6回の放送を見終わった後、大空電機は何がモデルだったのだろうか。と、思いをめぐらせていた。
 しかし、特にこれ、といった企業を特定できない。
 それは、どの企業にも当てはまることがない、という意味ではない。むしろ逆に、いろいろな企業に思い当たり、どの企業だかさっぱり分からない、という感じだ。
 それだけ、大空電機という企業は、極めて日本的で、「本音と建前」が都合よく使い分けられ、それゆえに自らの力で再生することができなかった、バブル後にありふれた日本企業の一つといえた。
 例えば、大空電機会長・大木昇三郎の「企業は人なり」という言葉である。第4回は、この言葉の両側面を見事に描き出している。



 「企業は人」という美しい言葉とは裏腹に、経営危機に瀕した大空電機は、明らかに人材が枯渇した企業として描かれている。
 頭数ばかり多く、批判ばかりで何も決断できない役員たち。
 近視眼的な利益要求ばかりを突きつける組合。
 特級技能士・加藤のような類稀なる人材を埋もれさせている現場。
 感動的な株主総会のシーン。「3年時間をください」と訴える芝野。それを「茶番」と切り捨てたハイパークリエーションの西野の言葉は、本人の意図した意味以上に、核心を捉えていた。
 「企業は人」「社会的責任」という言葉は美しい。しかし、そうした建前を語るその企業が、果して企業として存続する価値があるのかどうか、株主総会という最高意思決定機関で、何ら議論されなかったのである。

 その原因は、「私のせいにある」と自ら責任を認めた、会長・大木にある。
 「人を切るのは最後の最後の最後だ」と語る大木の格好は良い。だが、人を切る=リストラ絶対悪という発想こそが、人材の流動化を妨げ、優秀な人材の台頭を妨げることにつながってしまうのである。また、切られる側にしても、いつまでも必要とされない企業で働き続けるより、自分を必要とする企業で働く方が良い、というリストラの積極的な面を殺してしまった。
 皮肉なことに、こうした積極的な面は、経営が傾いた企業ほど殺されてしまう。なぜなら、他社でも通用する優秀な人材ほど、早めに見切りをつけて流出してしまい、後に残るのは、今の会社にしがみつくしか生きる能力がない人ばかりになってしまうからだ。

 もし、大木の「企業は人」という言葉どおりに、大空電機が実践されているならば、何もホライズンの標的になることはなかったはずである。
 大空電機がドラマの舞台になってしまうこと自体、「企業は人」という言葉が、大いなる虚構であることを示しているのである。
 第4回を通して、「企業は人」と語る大木に、当然されるべき質問が、実はされていないことにお気づきだろうか?
 「あなたはなぜ、後継者を育てられなかったのですか?」
 芝野を招聘した大空電機社長・塚本のフェニックス計画は、大木会長へのクーデターである。事態がここに至るまで、大木は後継者を誰も育てていなかったのではないか。大木の「企業は人なり」の虚構を物語っている。

 だが、一方で大木の思想は、三島製作所を救い、優秀な特級技能士・加藤のような人材を生み出す土壌を作った。
 大木が芝野に問いかける。「君は流した血を救ってやれるのか?」―。
 大木が鷲津に問いかける。「やり直したいと思うなら、何もしないことだよ」―。
 二人はこの問いに正面から答えていない。彼らの「大木批判」が、半分しか当たっていないからであろう。
 第5回と第6回。残りの半分を見つけ出そうと、芝野と鷲津はそれぞれの立場で苦悶するのである。
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by foresight1974 | 2007-08-22 23:26 | 書評・鑑賞

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