権力者が「美しい国」というナルシズムに浸る恐怖

 何とも心の冷える光景だった。
 過去10何年と日本の政治を眺め続けて、こんなに「洗練された」総裁選立候補会見を見たことが無い。
 クリアブルーのカーテンが一面に下ろされ、大画面スクリーンが左右に配される。カーテンの色地としっかりと平仄を合わせたネクタイを締めた政治家が、引き締まった表情で国民に語りかける、「美しい国」、「主張する外交」、「新たな時代を切り開く日本にふさわしい憲法の制定」という美辞麗句―。

<自民総裁選>安倍氏、出馬を正式表明 改憲に強い意欲(Yahooニュース)





 「美しい国」を高らかに謳い上げる「清廉な」政治家―安倍晋三という人間を、私はずっと、軽蔑こそすれ、怖いと思ったことはなかった。
 だが、初めて怖いと思った。
 それは、安倍晋三という人物が、ここまで揺らぎの無い、独善的なナルシズムに浸れる人物だと思っていなかったからである。
 いや、本当は、思っていて、危惧していたものの、認めたくなかったのかもしれない。

 政治家、特に首相の座を目指す人間が、自らの国家観を語るにあたって、ある種のナルシズムは必然的に伴っている。だが、その言葉は、過去何十年と蓄積してきた現実主義、政治家としてのプラグマティズムが、自覚的に埋め込まれたうえでのことだった。「タテマエとホンネ」のあり方の是非の一方で、そうした自制心が、日本の政治に安定をもたらしてきたことは事実だ。
 だが、今の日本政治にその安定感はない。
 理由は簡単である。
 日本の政治家が無能だからである。
 新潮社の国際政治経済情報誌「Foresight」のコラム「異端妄説」では、自民党の総裁選挙が出来レースになったのはメディアの責任だと指摘しているが、それは間違っている。なぜならこの1年、自民党の政治家たちは、安倍晋三以外の総裁候補を、求めようとすらしなかったからである。
 自民党の政治家の行動がそれを証明している。なぜ、総裁選挙に正式に立候補を表明すらしていなかった政治家に、すでに過半数を大きく超える支持が表明されているのだろうか?メディアの大衆操作力をご存知ならば、自分たちのポピュリズムがどんなに無様な出来レースを演出するか、分からぬはずがない。「巧妙が辻」を争うばかりに、安倍の選対本部は5つもあるという。せせら笑うほかない。
 結局、「若い」「清廉」「タフさ」というイメージ先行で語られた安倍晋三「像」だけで、総裁選挙は決したと言って良い。

 今後、安倍政権は、この「強いニッポン」イメージを演出する政策に突き進んでいくのではなるだろう。
 日本はこうして、過去何十年は経験したことのない、危険な時代に入った。その原因は北朝鮮ではなく、自らのポピュリズムにある。
 ナルシズムの言葉の端々に「戦前回帰願望」が伺える政治家がもたらすものは何か。
 今の国民には、戦前よりはるかに行動の権利が与えられている。だが、その権利を行使する「強さ」と「責任」をまだ知らない。
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by foresight1974 | 2006-09-02 07:35 | サイレント政治・社会評論

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