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附帯私訴制度復活への疑問

「損害賠償、刑事訴訟で請求可能に・法務省方針」(日本経済新聞電子版6月25日)

 法務省は犯罪者を裁く刑事訴訟の法廷で被害者が被った損害の賠償に関する審理を同時に進め、有罪の場合は同じ裁判官が賠償命令も出す「付帯私訴」制度を導入する方針だ。刑事訴訟と別に被害者が損害賠償を求める民事訴訟を起こさなくてはならない現行制度に比べ、迅速に結論が出るため、被害者救済に役立つと判断した。


 附帯私訴
 刑事訴訟の際に損害賠償に関する審理も同時にする制度。欧州で広く採用されており、ドイツの刑事訴訟法では検察のような公権力でなく、私人が訴追権を持つ犯罪として名誉毀損、傷害、器物損壊などを列挙しており、これらの場合はいずれも損害賠償を同時に提起できる。日本でも旧刑訴法に同様の規定があったが、訴訟が複雑になりすぎるとして戦後の法改正で廃止した。(日本経済新聞6月25日朝刊「きょうのことば」より)




 私人が犯罪に巻き込まれ、加害者を相手に提訴することは、非常に大変である。
 まず、弁護士探し。これがなかなか見つからない。知り合いに税理士や銀行関係者などがいないと、簡単に受けてもらえないのが実情だ。
 また、調査能力に乏しい弁護士では、悪質な経済事犯に対する損害賠償は立証に大きな壁が立ちはだかる。また、刑事訴訟の証拠援用もなかなか認められなかった。

 記事のとおり、被害者の迅速に役立ちうる制度として期待されている制度であるが、「このまま導入すること」には、疑問を感じる。

 まず、どの犯罪において、附帯私訴制度を導入するべきかという問題がある。法務省は、損害賠償制度は傷害、詐欺などの事案に導入する方針のようだが、本来の運用法として望ましいのは、被害者の悔しさ、怒りといった「被害者の精神的苦痛」を代弁する機能として導入された方がいい。以下にも述べるが、実は附帯私訴制度は、経済的損害を回復する方法としては、それほど効果的でないからである。むしろ、そうした被害感情の回復に役立てる方策を探るべきである。

 次に、朝刊の記事に書かれているが、加害者側の不服を申し立てる制度があるため、結局のところ、通常の民事訴訟制度に移行されたら、被害救済の迅速にはあまり期待できないという問題が残る。現実には、加害者側は情状酌量を裁判所に求めるため、裁判前に和解(示談)している場合が多い。むしろ、弁護士同士の話し合い主体で行われてきた、そうした被害救済について、より被害者の意見を取り入れる、公平に実現する制度が併設されるべきであろう。

 また、ここでは書かれていない問題として、実際に勝訴したとしても、事実上の救済は受けられず、制度自体に「幻滅」が広がる懸念もある。
 民事訴訟を経験した方はご存知だろうが、私人の権利侵害で勝訴することは、実は紛争解決の「一歩目」に過ぎない。次は、権利侵害の存在を認めず、敗訴した加害者から賠償金を「取り立てる」という大きな壁が立ちはだかる。
 現在の民事執行制度は、あくまで具体的な押収財産の「存在」が認定されることを前提にしており、民事事件の被害者が、加害者側の財産権を網羅的に調査する権限はない。また、そもそもの問題として、加害者側に賠償資力が著しく低い例も非常に多い。
 そこで、警察や検察、税務当局が押収した金銭から賠償に当てる方法も考えられる。しかし、現在はこうした被害救済に当てる制度はない。もし、それが創設されたとしても、実際には大きな被害額のほんの一部しか押収できないのが実情である。
 また、加害者が税金を滞納していた場合、まずそうした滞納金の没収が優先されてしまうという問題もある。この制度の改革を日弁連は長年要望しているにも関わらず、財務省などの関係省庁は消極的である。

 犯罪に巻き込まれた被害者への経済的救済は、諸外国の立法でも、究極は「国家による救済」しかないというのが現実なのである。附帯私訴制度だけが一人歩きで創設されても、被害者への救済が広がることは極めて難しいだろう。
by foresight1974 | 2006-06-25 20:21 | 正義の手続を考える

真理を決定するものは、真理それ自体であり、それは歴史を通して、すなわち人類の長い経験を通して証明せられる。(藤林益三)


by foresight1974