どうにも分からぬ「溶解する日本」の首相靖国参拝賛成論

 まず、ぶしつけなTBをふっておきながら、お返事を長期間失念したことをお詫びしたい。
 「靖国神社を巡る「同床異夢」」について「溶解する日本」の筆者氏より丁寧なお返事をいただいたのでご紹介したい。



 筆者は6月26日の記事の中で、「 なぜ飛んできたか解らないTB>中華人民共和国東海省日本族自治区に住む被差別民族」と題し、自身の靖国参拝に対する思いと、首相の靖国参拝はどうあるべきか?という点について述べておられる。
 「僕の用いる英霊って言葉は、よく言われる霊魂とは違って寧ろ魂魄に近くて、英霊を顕彰するってことは、そういった本意な死も不本意な死も含めて、国策に殉じた人達の死に向かった魂魄に尊敬と感謝の気持ちを顕すってことですよ。
 共同体のために死ぬってことは、その共同体に対する最大の奉仕であり崇高な犠牲なわけで、それを顕彰するなってことは共同体の否定であり、奉仕者に対する冒涜だと思いますね。」
 というくだりは、高橋哲哉が「靖国問題」で指摘した点に正確に対応した反論と評価することが出来る。
 また、「少なくとも僕は靖國参拝は、英霊に対する顕彰や敗戦国であるが故に歪められた歴史に対する抗議ではあっても、不戦の誓いなどであってたまるかと思ってます。」と述べ、「誰が首相であっても変わらない」と言い切られている。

 一読して、非常に気持ちの良い意見であったということを告白しておきたい。
 私は個人的には、裁判所がどのような司法判断を行おうと、「つけたし判決」などという政治的に愚弄した見解に与せず、靖国問題について正面から堂々と論じるその思考に、個人的に強い共感を覚える者である。
 保守や右翼は本来そうあるべきであり、法がどういおうと逃げ隠れもせず自身の思想に忠実であるべきであるし、現実に対して斬新的な改良主義者であるべきである。
 筆者の見解はその点、終始一貫しており、他の記事からも察するに大変博識な方であると想像される。
 しかし、分からないことがある。
 前回の記事で私が意図したことは、小泉が靖国神社に来ること自体に保守的な識者にも複雑な気持ちがあるだろうと想像したことだった。
 だが、今回の記事ではその点がイマイチ明確にならなったのである。

 筆者は、8月15日の記事の中で、「小泉が結局来なかったことに失望の念を示す方がすべてでした。」と書かれているので、バカであろうとアホであろうと、小泉純一郎が靖国神社に来ることについては反対ではないようだ。だが、小泉が参拝しようと、筆者自身が「戦争犯罪人」答弁を非難していることからも分かるように、「少なくとも僕は靖國参拝は、英霊に対する顕彰や敗戦国であるが故に歪められた歴史に対する抗議ではあっても、不戦の誓いなどであってたまるかと思ってます。」という思いは、絶対に実現しない。
 それならば、小泉が参拝しない方が良いのではないか?という疑問が浮かぶ。
 しかし、それについては同旨の指摘をした読売新聞の6月4日の社説を「気が狂ったというのにはあまりにも痛々しい」と言を極めた非難をしているので、その点は否定されるのであろう。
 しかし、それでは単に小泉の参拝は「来ないより来た方がマシ」という賛成論なのだろうか。それはあまりに政治的な理由ではあるまいか?

 まだある。
 筆者自身は、「国民が決めたこと」という前提つきで「国立の追悼施設」の建設には「賛成はしないが容認する」と述べているが、「外圧でやるべきことではない」とも述べている。
 しかし、前に引用したように「敗戦国であるがゆえの抗議」としての参拝を認めるならば、それは永遠に実現しない前提である。当然ながら、そうした「抗議」を周辺国が認めるはずがないからである。
 靖国問題は永遠に外圧にさらされる問題であり、それゆえ政治的であるために、永遠に憲法問題であるのだ。

 今、記事を拝見した限りでは、筆者の「誰が日本の総理大臣であろうが、変わりなくこう思っているってことです。」という思いと現実は逆行するばかりである。
 東シナ海のガス田開発では、日本の再三の抗議にも関わらず、中国による本格的採掘が開始されている。今さらながらに持ちかけた共同開発は、もはや夢のまた夢である。
 日本はアメリカの後ろ盾なしでは中国に相手にもされない。その現実的力の差が露呈しつつある。靖国問題でこじれている間の3年に、ガス田開発で政治的に打開する時間を失ってしまったからだ。
 中国政府の本音は、小泉やその後に続く日本の首相に、靖国神社に参拝してもらいたいのではないか?という気がして仕方がない。日中がこじれている時間を中国政府は最大限に有効活用できるからである。
 筆者ご自身で自嘲された「中華人民共和国東海省日本族自治区に住む被差別民族」という言葉は、自らが招いていることなのではないか?

 今、必要なことは靖国問題は国内問題だとして、憲法問題のみの問題として収斂させるべきではないか。そう思うのだがいかがだろうか?
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by foresight1974 | 2005-10-16 17:26 | サイレント政治・社会評論

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