絶対にうまくいかない「NHKの受信料回収作戦」(1)

 先週発表されたNHKの「新生プラン」、早くも方々から非難轟々といった感じだが、その批判の主要な一つは、受信料未払者に対する支払督促を検討する、というものがある。

 その主張の多くが、「受信料を払わない人に対して法的手続きに出るのは正しいのか?(やりすぎじゃないのか?)」といったものであるが、それはともかく、NHKのやろうとしていることは果たして法的にうまくいくのだろうか?

 結論から言うと、絶対にうまくはいかない。なぜなら、NHKの考え方が根本的に間違っているからである。



 ここで、もう一度NHK側の発表をおさらいしておこう。
 NHKによれば、現在約150万件いるといわれる受信料未払者に対して改めて受信料支払のお願いをする。それでも支払わない場合は、支払督促を検討するというものだ。
 支払督促の法律上の正式名称は、「仮執行宣言付支払督促」である。民事訴訟法382条以下に定めがあり、金銭その他の代替物または有価証券の一定数量の給付を目的とする請求につき、債権者の申し立てによって支払命令を発し、簡易迅速に債権者に債務名義を得させる特別民事訴訟手続である。要するに、受信料が長期間滞納している者に対し、その支払を申し立て、裁判所を通じて支払命令を発してもらうわけだ。
 もし、これに従わない場合については強制執行の手続が取られる。これは民事執行法に定めがあり、給与口座などを差し押さえて、強制的に金銭を徴収することになる。
 やや古い数字だが、平成13年に全国の新受件数は約55万9千件にのぼり、消費貸借契約などを中心に広く利用されている。

 では、なぜこれがうまくいかないのか?

 まず、そもそも未払の意味について確認しておきたいことがある。現在、NHKに対して受信料を支払っていない者は2種類あるということだ。
 第一に、そもそもNHKと受信契約を締結していない未契約者。実はこのタイプが圧倒的に多く、先日のNHKの発表では900万件以上にのぼるという。ご自宅にNHK職員が訪問して受信料支払をお願いされている方のほとんどはこのタイプになると思われる。
 この場合、契約自体がそもそも締結されていないので受信料支払義務が発生していない。よって、この方々は支払督促を受ける心配をする必要はないだろう。契約を強制する手続は法定されていないので、NHKがこの圧倒的多数の未払者に対しては、とにかく契約をお願いする以外に事実上方法はない。つまり、払っていない方のほとんどにとっては、今回のプランはそもそも実行不可能であり、今まで通りにNHKの職員を追っ払えば済むことになる。

 問題は第二のタイプ。いったん受信契約を締結しながら、その後、引越しした後やNHK不祥事が発覚したことをきっかけにして受信料支払を拒否しはじめた方々である。
 この場合、前述したように支払督促の手続を申し立てるわけだが、これにはいくつもの困難が立ちはだかる。
 まず、申し立てる裁判所は債務者、つまり受信契約者の「現住所」に対して行わなければならない。引越し後にうっかりNHKに通知を忘れた人がいた場合、NHKが誤って前の住所に申し立てを行っても、申し立て自体が却下されてしまうか、命令自体が無効となる。また、公示送達も認めらていないので、債務者の現住所が不明の場合には、この方法を用いることが出来ない。しかも、事前の合意管轄などは一切認められないので、NHKからすれば、全国津々浦々の受信契約者の自宅近くの簡易裁判所にいちいち申し立てなければならない。それに必要な訴訟費用や訴訟手続書類を考えたら大変な事務量になるだろう。
 もし、申し立てがうまくいったとしても、今度は債務者が異議を申し立てることが考えられる。申し立て自体に異議を挟むことは出来ないが、命令に対して請求異議の申し立て(民事執行法35条)を行い、通常訴訟に移行して争うことが出来る。
 こうなると、今度はNHKが「債権の存在」を証明しなければならない。もちろん、受信料の支払義務自体は放送法に定めがあるので自明であるといえるが、問題なのは「いくらか」という点だ。つまり、「受信期間がいつからいつまで存在したか」ということを証明出来なければ、裁判所としては請求棄却の判決を下さざるを得ない。そのためには、例えば契約者の自宅を盗撮して受信状態を調べるたり、強引に立ち入り検査をするなど(もちろん、こんな制度はない)よほどのことをしなければこれを証明することは不可能であろう。結局、債務者は異議を申し立てると圧倒的に訴訟上有利に立てるのである。
 また、時効の問題もある。受信料支払義務の法的性質について、NHKの公式見解によればかなり特殊な支払義務を考えているようだ。ネット上ではバラエティに富む説が開陳されているが、最低限おさえておくべきは、一般的な債権の時効である10年以上のものについては、時効を援用することによって支払い義務を免れることがほぼ確実に保証されているということだ。もちろん、NHKは、支払督促手続を申し立てることによってこれを中断、つまり最初からやり直しにすることが出来るのだが、そうだとしても、支払総額が数十万円を超えるといったことはまずないであろう。
 そして、これだけの困難を乗り越えても、まだ大きく絶望的な壁が立ちはだかる。どのようにして「回収」するか、という問題だ。

 支払督促に異議を申し立てなかった場合、または通常訴訟でNHKが勝訴した場合、債務名義(仮執行宣言付支払命令書、判決文)に基づいて強制執行を行うことが出来るが、名前からくるイメージに相反して、成功する例は非常に少ない。
 まず、債務者が無資力であった場合は強制執行が出来ない。また、また極端な例だが、債務者が支払命令や訴えを提起された場合、判決が出るまでに時間がかかるので、それまでに財産を隠匿された場合、強制執行が出来なくなる。そうでなくても、「合法的」な方法で、判決が出るまでに差し押さえが予想される金銭を全部浪費してしまうという方法ならば、やはり強制執行が出来なくなる。
 また、NHKの場合、受信料を口座振替で引き落としているので、そこが給与支払口座でもあるという方も多いと思われる。だが、それ以外の金銭(現金や有価証券関係の口座)のありかを推知する方法はほとんどない。NHKはせっかく債務名義を取得しても事実上目隠し状態のまま回収に当たらなければならないのだ。
 こうした問題に対し、平成15年に民事執行法が改正され財産開示手続というものが法定された。これは一定の債務名義(この場合は仮執行宣言付支払命令書)を有する債権者の申し立てに基づき裁判所において財産の状況について債務者に開示させる手続で、民事執行法196条~203条に定められている。
 まだ手続が法定されて時間が経っていないので、どれだけの利用件数があるかは定かではない。しかし、これにも「債務者の協力」という根本的な問題からは逃れられない。もちろん、債務者がウソをついたり、財産を隠匿したりした場合には過料の制裁が規定されているが、そのこと自体をまた債権者が立証しなければならないのである。

 そして、最後に立ちはだかる壁。それは民事執行法に定められた差押禁止債権である。
 例えば、給与口座を差し押さえる場合、民事執行法152条によりその4分の3は差し押さえることが出来ない(例外は153条にある)。例えば、30万円の給与を受け取っているサラリーマンの給与を差し押さえる場合は、その中で差押られるのは7万5千円にすぎないのだ。さらに、支払督促では、動産や不動産を差し押さえることは出来ない。あくまで金銭のみである。NHKからすれば、せっかく債権の存在を認められても、取れる対象物がほとんど存在しないのである。

 結局のところ、これらの法的手続きは時間と費用、それに多大な労力をかけた割には効果は非常に薄いのである。NHKの公式発表によれば、未払件数150万件による減収額は年間500億円といわれている。だが、法的手続きをとったとしても、うまくいって全体の10%程度。日常的に債務者の与信管理をしていないNHKの現状から考えると、下手をすれば1%程度しか回収できないのではないだろうか。

 ここまで話しただけで、読者諸氏はNHKの考えていることがいかに実現性が低いかお分かりになっていただけただろうと思う。
 実は、ここまでではまだ問題の本質の半分しか触れていないのだ。
 頁を改めて、そのことをお話しておきたい。
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by foresight1974 | 2005-09-28 00:03 | ビジネス法務

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