リベラリズムは再生するのか?

 小泉自民党を支持されてきたstandpoint1989氏は自身のブログの中で、

この選挙に当たっては、敬愛するブロガー、日本語世界のインターネットにおいても抜きん出た知性の面々が口々に苛立ちと怒りを表しており、与党が衆議院の3分の2を占めるという憲政史上類例のないランドスライド的な支持表明が首相に与えられたと言うこの事実に、おそらく憔悴と絶望を感じていることだろう。
民衆への呪いの声が聞かれる。衆愚という嘲りが、日々を生きる人々に投げかけられる。しかし分かっていたはずではないか。人間はパンのみで生きるのではないということを。
人間は生きる使命によって生きるのだ。
民衆の声に耳を塞いではならない。民衆と共に歩く視線を失ってはならない。民衆を呪った時、どうしてあなたがたの言葉が彼らに届くだろうか。これは、まだ、民衆の勝利ではない。しかしあなたがたの敗北である。
民衆を侮蔑し、その心を思いやることを怠った、あなたがたの敗北である。彼らのあせりと怒りを嘲笑したあなたがたの敗北である。(「たゆたえど沈まず・2005年衆院選を振り返って」より)


 と指摘されていたが、一面の真理ではあろう。だが、自分が受けた感想は敗北感というより「来るべきものが来たか」という思いだった。




 ある報道によれば、今回の選挙において20代の投票が非常に伸び、その多くが自民党に投票したと聞いている。

 それは、ネットでじわじわと醸成された土壌がついに芽を吹いた結果だったといえないだろうか。例えば、山野車輪なる人物が描いた(パクった?)とされる「マンガ嫌韓流」は公称70万部のヒット作となった。事の真偽はともかく、問題なのはこうした本がもてはやされる「社会的気分」である。

 朝日新聞の記事にケチをつけ、民主党の政策にケチをつけ、マスメディアの主要な論調から「斜に構えた」見方をすればメディアリテラシーでが身についたと勘違いした若者たち。決して積極的に自民党を支持しているわけではないが、消極的でありながらも「大局的見地(その見地はしばしば、メディアの世論調査ではほとんど話題にならない対中、対韓外交らしい)」から自民党に票を入れる。

 私は自民党に票を入れることが近視眼的であるとか、視野狭窄だと非難したいわけではない。もともと保守的な思想をしっかり持っている人が、投票行動として自民党に入れるということに批判的ではない。問題なのは、上記のような「アンチ朝日」「アンチ民主」という低次元な発想で清き一票を行使する人々である。ネットを通じて広がった冷笑的な気分をそのまま現実社会へ投影してそれが建設的な意見表明であるといえるのだろうか?

 とはいえ、私はたかが2ちゃんねらーごときに突っ込みどころ満載の選挙戦略を遂行した民主党への批判にも躊躇することはない。情けないことこのうえない限りである。結局、アンチ自民の票を今まで独り占めし、あぐらをかいてきたツケが大事なときに回ってきたのである。センスのないメディア戦略。対抗軸の見えない政権公約。事態の重大性に気付くまでお家騒動にうつつを抜かす菅直人と小沢一郎。断じて勝者に値する政党などではない。

 こうした現在、普遍的な人間的尊厳の擁護を主張するリベラリズムは明らかにウケない主張である。だが、思想の流行すたりがあるからといって、ある時点での選挙結果をもって「勝利」「敗北」と分けるような分析はいささか短絡的にすぎよう。
 
 世の中が偏見で動いたとしても、正しいと信じること、普遍的な価値観を粘り強く主張していくこと。それが始まったばかりだというにすぎないのではないだろうか?
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by foresight1974 | 2005-09-14 22:14 | サイレント政治・社会評論

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