こんなことを八百長というべきなのである

 実は、ヤフーチャット上でずっと、筆者は「郵政法案は可決されるに決まっている!!」と言い続けていた。
 そのせいで、今回の一件についてはいささか言い訳がましくなってしまうのをお許しいただきたい。

 筆者が「否決」を意識しはじめたのは、何と8月6日の土曜日になってからであった。中曽根弘文が反対に回り、自民党執行部が選挙対策に動き始めた時点になって、事の重大性に気が付いたのである。
 それまでは絶対に解散はないと思っていた。所詮、今の郵政法案は完全に骨抜きにされているのである。民営化された郵政公社は、郵便事業やその他の事業で圧倒的な地位を築くことが保障され、郵便局もあらゆる公的補助で維持されることが事実上決まっている。逆にこのまま投資信託など販売し始めたら完全に焼け太りであろう。
 不透明な財投は、民営化したことで逆にアンタッチャブルになりかねない。ピントのずれた国会論戦をフォローしながら、筆者は議員先生の落としどころを読みきっていたつもりであった。政治力学上はポスト小泉をめぐるワン・オブ・ゼムに過ぎない。もともと郵政法案に全く無関心だった綿貫民輔が祭り上げられるのをみて、「まあ、寸止めだろうな」とタカをくくっていたのである。

 しかし、自分の読み間違いが明らかとなり、解散となっても自分が「郵政法案審議は出来レース」だとネット上で言い放ったことを少しも恥じていない。



 そもそも、筆者は小泉内閣は道路公団民営化問題で妥協し、アメリカからのイラクへの出兵要請に諾々と従ったことで歴史的役割を終えたと考えている。その点については全く見解の必要を感じないし、従って郵政法案の審議について全く関心がなかった。私の心の師匠であるrakudaht氏のおっしゃる通り「下手なドラマより面白い」以上の関心がなかったのである。

 今回の解散を郵政問題や構造改革問題、自民党の分裂選挙などという新聞ネタレベルの考察で済ませることは、やはり本質的問題を見落とすことになるだろう。
 今回の問題の本質は、まさに昨日、綿貫民輔が全国的新党を断念したことではっきりしている。
 所詮は八百長なのである。自民党が権力構造を維持することが絶対条件のルールとなっているゲームに過ぎない。
 そういう意味では冒頭の「出来レース」発言は撤回する必要がないかもしれない。

 今回の選挙がどうであれ、小泉が今回の選挙で勝利しようが敗北しようが、また彼らは自民党に戻ってくる。それは既定路線といっていい。問題は、小泉が勝利して半死半生の郵政法案が再び可決された後、つまり小泉の花道が敷かれた後か、あるいは小泉が敗北して退陣した後か、という時期的問題に過ぎない。
 そうすれば、自民党と公明党による政権は引き続き維持される。総理大臣が何度も選挙で政権公約として掲げていた法案を事実上反故にしてでも、まだ政権に居座ろうというわけである。これはもはや八百長というほかない。なぜ、どこのメディアもそこまで批判しないのだろうか。
 
 このバカバカしい話を終わらせる方法はただ一つである。政権交代しかない。
 これまた私の文章を年中叱ってくれていた上田勝さんも同意見だが、私はより「日本国のガバナンス能力」という点から、政権交代の必要性を主張したい。
 日本の政治の最大のリスクは何か。それは、自民党以外に政権代替可能性のある政党が存在しないまま、自民党が腐敗し続けていることである。国民はドラスティックな政策変更の選択肢を持たないまま、自民党と無理心中同然の状態に置かれているわけである。

 自民党がダメなら野党が政権を取るべきである。それがダメならまた別の党が政権を担うべきである。諸外国で当たり前になっている民主主義のルールを取り入れる、おそらくは最後のチャンスであろう。
 現実性は極めて低い。なぜなら共産党が全国各地で民主党の足を引っ張っているからである。もし仮に共産党が50~100程度小選挙区の立候補を見合わせたら、確実に自民党は壊滅する。が、共産党はまだ自分たちの頑迷な存在意義にしがみついたまま、朽ち果てようとしている。

 それでもはっきり書いておく、八百長に私は絶対に同意しない。
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by foresight1974 | 2005-08-11 01:57 | サイレント政治・社会評論

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