報道ステーション「憲法9条の提案者は幣原」説は正しいか(補論)

過ちては改むるに憚ること勿れ(孔子「論語」)





長々と冗長な文章を書き連ねたうえに、なぜ「補論」を認める必要が生じたのか。原因は、筆者の誤りに起因する。
2016年2月25日に放送された「報道ステーション」の内容を紹介する際、「これは、1958年7月10日に開催された憲法調査会において、憲法草案作成時に首相だった幣原喜重郎の証言で、憲法9条の提案者は自分だ、と述べたものである。」と書いたが、放送を記憶のみに頼った軽率さによる完全な事実誤認であり、深く読者諸氏にお詫びを申し上げたい。

2016年2月25日に報道ステーションで報じられた、内閣憲法調査会における、憲法9条の提案者が幣原喜重郎とする論拠となった資料は、次の2点である。

①昭和37年7月21日に開催された、第八回地区別公聴会における、中部日本新聞社元政治部長・小山武夫による証言。

当日、肉声テープの内容が放送されたが、当該公聴会議事録のP.84に記録された小山の陳述内容とぴったり符合しており、本物の音声であることはほぼ間違いないと思われる。

②昭和32年12月に、憲法調査会会長・高柳賢三の海外調査時に、マッカーサーとの間に交わされた書簡。

当時、憲法調査会は在米日本大使館を通じてマッカーサーへ面会の希望を出していたようだ。しかし、途中取り次いだホイットニー(憲法制定当時の民政局長)に、政治的な調査と警戒されてしまい、面会を拒絶されてしまう。
高柳は、政治的な意図ではない旨の弁明の手紙をマッカーサーとホイットニーに出して誤解を説き、マッカーサーから二度の書簡を受け取ることができた。(憲法調査会総会議事録第24回議事録より)
テレビに映し出されたマッカーサーの書簡は、帰国の途上に立ち寄ったハワイで、高柳がマッカーサーから受け取った二度目の書簡である。
書簡は、国会図書館に保管されているようだが、後に憲法調査会が取りまとめた「憲法制定の経過に関する小委員会報告」P.336に書簡の日本語訳があり、報道ステーションで報じられた内容とほぼ一致している。

上記に列挙した資料については、国会図書館で全て閲覧可能なほか、法学部が設置された大学の図書館に蔵書しているところもあり、貸出可能なところもあるようだ。

これらの資料的価値であるが、すでに後編で述べたように、幣原、マッカーサー双方に、たとえも事実に反することになったとしても、憲法9条の制定者を幣原にしておきたい政治的事情があった当時のものであり、音声テープの存在はともかく、新たな歴史資料というわけではない。内容もこれまでの学術研究で知られている範囲に止まっており、既に発見されている資料も何ら矛盾は生じていない。

よって、これらの資料が、学術的な見地から、新たな論争点を提示し、真実の発見に寄与する可能性は乏しい、と思われる。


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by foresight1974 | 2016-03-19 18:17 | 9条問題

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