国民投票というモンスターが破壊するEUの社会統合

 1648年、30年戦争に疲弊しきったヨーロッパ各国は、ドイツのミュンスターでウェストファリア条約(ヴェストファーレン条約)を締結した。カトリックとプロテスタントの血みどろの宗教戦争に終止符が打たれ、相互の領土尊重と内政不干渉を約することになったが、主権国家が成立していなかったこの当時、ミュンスターに派遣された使節は148に上ったという。
 列強各国の均衡と抑制によって維持されようとした平和はしかし、40年ほどしか続かない。1600年代後半には早くも南米の植民地支配をめぐる衝突が発生し、1700年初頭の北欧諸国での戦争、そしてフランス革命以降のナポレオン戦争によって完全に崩壊する。

 時は350年ほど移り、1992年11月にマーストリヒト条約が発効し、EUが誕生する。第2次世界大戦の惨禍と陰惨な東西対立を乗り越え、ヨーロッパを二度と戦場にしないという平和的な理想を掲げて誕生した時の加盟国は12。現在は28か国で構成されている。
 ハナシをまとめる当事者は随分と減った。しかし、それでもやはりヨーロッパはまとまらない。





 本稿執筆時点で、ギリシャが債権者団―一般にはトロイカ(IMF、ECB、EU)ともいわれる―の財政緊縮案を受け入れるかどうかの国民投票の真っ最中である。
 チプラスが6月27日未明、つまり日本時間の土曜日の朝に実施を表明した時、その決断力の欠如と無責任さに開いた口が塞がらなかったが、その後に伝わってきた報道により、どうやら実は債権者側とほぼ合意しかけていた合意案(しかも、その合意の溝はあと6000万ユーロまで縮まっていたという)について、自らの権力維持のために反故にすることを狙ったという内幕を知って、そのジコチューぶりに目まいすら覚えたものである。
 まあ、ダメな首相を選ぶことにかけては日本人も人後に落ちないが。

 今、EUは極めて危険な状況に立たされている。それは、ギリシアのユーロ離脱という(当事国の国民には失礼ながら)些細な問題ではない。「次のギリシャ探し」で各国の長期金利が上昇する、といった金融面の問題でもない。もっと根源的なものである。つまり、各国政府が国民投票実施のプレッシャーを受け続け、展開によっては、ユーロという通貨がズタズタにされる危険をはらんでいるのだ。
 実はギリシャ以外にも、イタリアやスペインなど、ユーロ導入継続について世論がほぼ5分5分に割れている国は数か国存在する。そして、困ったことに、いずれの国も現在の政権与党の基盤は脆弱だ。それら国の議会の議決で国民投票の実施が決められた場合、事態ははるかに深刻さを増す。
 そもそも、EUは発足当時からこの「国民投票」というモンスターに悩まされ続けている。1992年に締結されたマーストリヒト条約は、デンマークが国民投票で否決し批准ができず、フランスは僅差で賛成が上回った。通貨ユーロの導入時にもデンマークはやはり国民投票で否決、スウェーデンも2003年に否決された。イギリスにいたっては、一貫してユーロ導入反対が上回り続けている。
 EUの理念を根強く支持する人々が多くいる一方で、そうした理念に懐疑的な人々も常に根強く存在した。ここにお互いが相容れない深刻な意見の分裂が存在する。

 これを2者択一的に、イエスかノーか(ギリシャの選択肢はノーかイエスか、らしいが。)というゼロサム的な発想で有権者に迫り続けることはいずれ行き詰る。どっちかに決まれば、反対派もいずれ長い物に巻かれるだろう、という希望的観測は物分りが良すぎるいかにも日本人的な発想であって、ヨーロッパの一部の人々(バスク人やスコットランド人)は決して受け入れない発想であろう。
 例えば、ギリシャの国民投票で緊縮策受入れが賛成多数を占めたとしても、それは即、ギリシャ政府が緊縮策を受け入れることを意味しない。もし、再度議会選挙が行われる場合、投票制度の違いや投票率から再び反緊縮策の政権が誕生するという迷走は十分にあり得る。
 意見が拮抗した場合、単純多数決による意思決定は「ゲーム」としては面白くても、現実を動かすにはさしたる力を持たない、反対に、それが価値観の相容れない者同士でゼロサムの結果を生じる場合、社会を極めて不安定な状態に陥れてしまう。

 そういえば、橋下徹ももう少し頭が利口であったなら、住民投票に多少の工夫を加えることで、接戦を制することができたかもしれない、と私は思っている。だが以前にも書いたように、橋下は残念ながら民主主義と自由という物の見方が一知半解の半端者であったので、勝手に自滅した。まだ残りの人生は長いのだから、せいぜいテレビの世界でピーピー騒ぐのがよろしかろうと思う。
 が、ギリシャの問題は大阪とは比較にはならない。チプラスというゲバラかぶれの革命家気取りが壊そうとしているのは、ヨーロッパに永続的な平和をもたらそうとした膨大な努力への、痛恨の一撃になりかねない危険性を秘めている。
 

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by foresight1974 | 2015-07-06 01:26 | サイレント政治・社会評論

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