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スコットランド住民投票が露呈した「過半数」という劇薬

われわれ、イギリスのような国に住む人間としては、国際関係のような大問題についても自分で考え、意見をまとめるつとめがあるのかもしれません。しかし、人生というのはそういうものでしょうか。庶民がすべての問題について「強い意見」を持つことなど期待できるはずがありません。(中略)そして、そうした期待は非現実的であるとともに、望ましいことでもないように思います。結局のところ、庶民が学び知りうることにはかぎりがあるわけで、国家の大問題について、彼らすべてに「強い意見」を示すように望むのは、賢明なこととはいいがたいでしょう。
(カズオ・イシグロ「日の名残り」)




 スコットランドの独立への賛否を問う住民投票は、事前の予想より意外な差がつく形で反対多数という結果が出た。
 が、これで「決着」したというのは、あたかもテレビドラマを見終わった視聴者のような、程度の低い発想であって、実際には、当事者たるスコットランドの市民は、深刻な問題で賛否が拮抗している社会を、今後も生きていくわけである。移り気の早い日本の視聴者がすっかり忘れた後、何年も。
 いささか大げさめいた表現だが、これが「スコットランドだから」この程度の抑制の効いた反応で済んでいるわけである。深刻な問題で社会が分裂する、という現象を軽視するのは危険である。

 歴史的にいえば、深刻な問題で賛否が拮抗したとき、一刀両断的に単純多数決で物事を決することが、かえって混乱を招くことがある。代表的な例がアメリカ南北戦争で、リンカーンを大統領に選んだアメリカ合衆国は奴隷制度を民主的に解決することができず、60万人もの死者を出す内戦に発展した。

 多数決という決定方法に期待できるのは、あくまで大勢の人間の意見を集約し、選択することだけである。その選択の正しさ、安定性等は必ずしも保証されてはいない。特に深刻な問題で賛否が拮抗した場合、切り捨てられた少数派の不満は深刻だ。多数決で決まったことだからといって、感情的に受け付けられるものではない。
 今回のスコットランドの住民投票では独立反対が多数を占めた、だが、北海油田の税収を収奪されている問題、世代間の不公平といった格差問題、核兵器搭載原子力潜水艦の基地を押し付けられているといった安全保障問題は何ら解決されていない。かといって、賛成が多数を占めたところで、金融機関などの移転に伴うマネーの流出、膨大な社会保障費、わずか800万の人口で広い国土をどうやって防衛するか、といった問題がスムーズに解決できたとはとても思えない。
 住民投票は全ての問題を収斂させられるわけがなく、むしろ噴出させた可能性すらある。
 とするならば、こうした問題は賛否を「単純多数決」で決めるのではなく、3分の2ないし4分の3といった特別多数決で決するのが妥当ではないだろうか。これならば、たとえどちらの結果が出たにせよ、分裂の弊害を抑えながら、社会の統合を維持し、残された問題をクリアすることが可能となる。

 さて、こうした問題は、決してスコットランドだけの問題ではなく、他の独立問題に揺れる欧州諸国だけではなく、日本にも突きつけられた問題であることに気付いた人は、おそらく少数であろう。
 日本国憲法は、96条で憲法改正を国民投票の過半数の賛成で成立すると規定されている。両議院の議員の3分の2の特別多数決で発議が要件となっているが、現在の選挙制度では、得票率が40%に満たなくても議席の3分の2近くを占めることができるため、いざ国民投票を実施する場合には、同様の問題を引き起こす可能性が十分にあるのだ。
 日本のニュースショーを見ると、多数決で物事を決めることがあたかも「いいこと」のように解説され、報道されている。だが、その分かりやすさは詐欺の類である。

 

by foresight1974 | 2014-09-20 10:13 | 憲法哲学

真理を決定するものは、真理それ自体であり、それは歴史を通して、すなわち人類の長い経験を通して証明せられる。(藤林益三)


by foresight1974