従軍慰安婦誤報問題 産経・読売・文春・新潮の右派メディアが掴んだ「空疎な勝利」

 あせって不可せん。頭を悪くしては不可せん。根気ずくでお出でなさい。世の中は根気の前に頭を下げる事を知っていますが、火花の前には一瞬の記憶しか与えてくれません。うんうん死ぬまで押すのです。それだけです。決して相手を拵えてそれを押しちゃ不可せん。相手はいくらでも後から後からと出て来ます。そうしてわれわれを悩ませます。牛は超然として押していくのです。何を押すかと聞くなら申します。人間を押すのです。文士を押すのではありません。
(1916年8月24日付 夏目漱石から芥川龍之介・久米正雄に宛てた手紙)




 今回の従軍慰安婦問題、そして東京電力福島第一原子力発電所事故に関するいわゆる「吉田調書」をめぐる、朝日新聞の一連の誤報問題を書く前に、夏目漱石の有名な手紙の一節を無暗に引用したくなったが、特に関係はない。思いつきである。
 しかし、こうは思った。
「朝日新聞も間違いだったらさっさと認めて、“それが何か?”と踏ん反り返ってりゃいいのにさ。どうせ、追及している読売・産経が真実を報道しているなんて、誰も思ってねーし。w明日から何食わぬ顔で、従軍慰安婦問題で日本政府の批判を続けりゃ良いんだよ。要は、”超然”としてりゃいいのにさ。」

 というのも、私は、今回の問題で朝日バッシングに血道を上げた読売、産経、文春、新潮らの右派メディア、そして何より朝日新聞自身も忘れているポイントがある、と考えているからだ。
 それは、メディアはもともと、“間違いを犯す権利”がある、ということだ。

 仮に、公に報じられるものは全て事実に基づいて正確に伝えなければならない、とするならば、「ニュース」という概念は必要ない。歴史の教科書だけ発行されていれば良いはずだ。
 しかし、それではアクチュアルな問題に対して、人々に有効な判断材料は提供することは難しい。そこで、「間違いを犯すリスク」を負って、事実と信じるものを報道する伝達者が必要となる。つまり、メディアという存在と「間違いを犯す権利」は本質的に不可分の関係にあるという前提に私は立っている。
 従って、誤りを率直に認め、お詫びと修正による出直しの地道な繰り返しによる着実なレベルアップが、本来の健全な報道機関である、と私は考えている。
 この点、今回の問題は、日本の報道メディア全体が、無謬の呪縛に深刻なレベルで罹っていることを改めて見せつけた。記者クラブという取材対象者から安定的に情報提供を受けるシステムに慣らされ過ぎた結果、誤謬のリスクを極端に恐れるあまり、いったん生じた誤謬に対する適切な対処・修正が非常に難しい組織病理に骨の髄まで冒されている。

 しかし一方、残念なことに、近年の大手メディアのやらせ報道、マッチポンプ、誤報に馴れ切った受け手側の大衆は、右派メディアほど今回の誤報問題に「アツく」なってはいない、と私はみている。
 「またか」というのが受け止め方がおそらくは大半であろう。
 従って、読売・産経・新潮・文春らが如何に勝利の凱歌を高らかに、誇らしげに歌ったところで、唱和するのはネトウヨばかりである。ブログを検索してみても、ふだんこうした問題に関心がないと思われる市民が怒りの声を上げている、という例は絶無である。
 この状況を描写するに、「空疎な勝利」という以外に適切な日本語はなかろうと思う。

 まだある。
 今回の一連の誤報問題の与える影響についてだが、良くも悪くも、世界的に見れば極めて限定的と断言せざるを得ない。
 安倍晋三は早速、「国益を損ねた」と鬼の首を自分の力で取っ来たかのような発言をしているが、そこがこの男の愚昧なところである。
 朝日新聞の誤報で国益は損ねられてもいないし、誤報を認めたところで回復もしていない。
 所詮は、コップの中の嵐レベルであろう。
 というのも、従軍慰安婦問題で朝日新聞は特に国際的な影響力や権威を持った報道機関ではそもそもない。
 世界の報道機関、政府機関が重視している判断材料は、1996年に出された国連人権委員会の報告書、いわゆるクマラスワミ報告書である。従軍慰安婦の誤報を朝日新聞が認めたところで、報告書の権威に傷一つ付くはずがない。また、先月末に公表された人種差別撤廃委員会の最終見解においても、従軍慰安婦に関する日本政府の責任を明確に認めている。
 つまり、国際世論のレベルでは、すでに大勢は決しているのである。
 ネトウヨの中には「左派市民団体のマッチポンプ」との呆けた主張もあるようだが、ここまで来ると“2ちゃん病”も膏肓に入ったのであろうと嘆くほかない。むろん、世界のすべては2ちゃんねるで完結はしない。
 だが、残念ながら先ごろの選挙で選ばれた安倍晋三はおそらく、そう思っている。あの男には朝日バッシングを国内向けだけのパフォーマンスとして計算できるような頭はない。なにせ「日本を取り戻す」などという台詞を恥ずかしげもなく言ってのける男である。
 この状況を描写するに、「空疎な勝利」という以外に、やはり適切な日本語はなかろう。 


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by foresight1974 | 2014-09-14 00:27 | 9条問題

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