「法律のタブーに挑んでいる俺カッコイイ」という愚か者たち

以下の会話は、当時社会的に大きな衝撃を与えた「女子高生コンクリート詰め殺人事件」において、「週刊文春」が加害者の少年の氏名を実名で報道したことを題材にしたものである。
主人公の桑田義雄は、同事件と同様の強姦殺人事件において、加害者の少年たちを検察庁に逆送致していた。そこに、実名報道に踏み切った「週刊文潮」記者・久里が接触してくる。
逆送致に踏み切った判事なら好意的なコメントがもらえるはず。。。という久里の甘い読みは外れ、桑田から思わぬ反駁を受けることになる。

桑田義雄:
「何のために、誰のために…………実名報道をするんでしょうか?」

久里:
「そ、そりゃあ……被害者のことを考えると……、それに社会的意義も…」

桑田:
「実名報道をしたって、被害者は救われないでしょう…………
加害者の側は本人だけでなく、その家族も罪人のように眺められる……」

久里:
「でもあの場合、少年の親にも責任はあるでしょう」

桑田:
「だからと言って、親や兄弟、親戚が社会的に抹殺されていいんですか。
つながりのある誰かが罪を犯せば、
そういう人達も苦しみを受けて仕方ないのでしょうか。」

久里:
「しかし……
小さな子供たちのやったことではない。
分別あって当然の人間が、やったことなんですよ。」

(ここでテレビ画面に切り替わる)

テレビに出演していた「週刊文潮」編集長:
「加害者の人権が大事だと、被害者の親御さんの前で言えるのでしょうか。
それに……婦女暴行ができる人間は、少年と呼べないんじゃないでしょうか。
だから我々は彼らを大人として扱い、実名報道に踏み切りました……」

(ここで再び花壇の前の2人に)

桑田:
「私は大人の場合だって、実名報道は間違いだと思います。
彼らはまだ被疑者ですよ。」

久里:
「そ……それじゃ世論は許しませんよ。」

桑田:
「もし冤罪と分かったら、マスコミはどうします?
あわてて警察や検察庁を批判しても、取り返しがつかないんですよ……」

久里:
「………………」

(再びテレビ画面)

編集長:
「私は、理想を追っているわけではありません。
実名報道で、似たような予備軍を阻止できるかもしれない。
たとえジャーナリズムにその資格はなくても、
現実的な効果があると思います。」

インタビュアー:
「法が手ぬるいからマスコミがやるわけですね?」

編集長:
「………そう言っていいと思います。」

(また花壇の前の2人に戻る)

久里:
「あいつら、随分むごいこと、をやったんですよ。だから……」

桑田:
「だから?」

久里:
「つ……つまり……」

桑田:
「マスコミが天罰を下すんですか?」

久里:
「……………」

(マンガ「家栽の人」第3巻「ユリ」より 毛利甚八・魚戸おさむ/小学館)



大津市の中学校で起きたいじめの加害者の実名をさらす行為は違法性があるのか
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120725-00000302-bengocom-soci

このニュース記事の下に寄せられているコメントの数々には、思わず顔をしかめた。
「女子高生コンクリート詰め殺人事件」以降、「タブー」を破ったつもりになって、正義の味方を気取る一部雑誌マスメディアの思考の浅はかさには、今さら驚くに値しないのだが、ヤフーコメントで、匿名性に隠れてコメントを寄せる連中には、上記の久里のような思索すら期待はできまい。
本作において、久里は「評判になる」との同僚という「不謹慎だ」と戒めているのだが、ヤフーコメントの連中は、「法律のタブーに挑んでいる俺カッコイイ」という、卑しい性根が透けて見える。
それだけでも久里が悩んだ正義のあり方と、彼らの精神性は、対極に位置している。

結局のところ、彼らにとっては、自分たちの醜い感情を慰撫・消化するためにこの悲劇は存在しているのだ。
別にいじめをなくしたくて、被害者と遺された遺族を救いたくてコメントしているのではない。
まさにネットはバカと暇人のためにあるのだ。今さら指摘するまでもないのだが。

だが、こんなやりきれない状況にあっても、あえて主張し続けたい。
そういう社会のあり方は、間違っている。
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by foresight1974 | 2012-07-29 23:56 | サイレント政治・社会評論

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