安倍晋三の発言にかいま見える「公平を装った無知」(By foresight1974)

 それはとても奇妙な光景に思えた。

 それは私自身は生放送ではなく、後で流れたビデオで確認したときだが、安倍晋三がいささかまくしたてるような口調で、「番組がひどい内容になっていると側聞していたので、NHKだから公平公正にちゃんとやって下さいねと言いました。」と語ったときだった。
 通常、一般市民ならオンエアまで知りえない内容を「側聞」とはいえ事前に知っていて、しかも「ひどい内容」とまで把握していたことを平然と口にすることに対する違和感もさることながら、何より、私が強い違和感を覚えたのは、「公平公正」という言葉を、それを彼がさも平然と、当然であるかのごとく言い放ったことだった。



 ここで言う番組とは、NHKが2001年1月に放送した、旧日本軍慰安婦制度の責任者を裁く民衆法廷を扱った特集番組のことである。
 それが4年後の今になって、放送日の前日、中川昭一・現経産相、安倍晋三・現自民党幹事長代理がNHK幹部を呼んで「偏った内容だ」などと指摘していたことが発覚したのである。
 当時の番組制作の現場責任者が名乗り出て記者会見を開き、真相究明を涙ながらに訴えて、一気にネット上の議論に火がついている。

 が、その多くはNHKの責任者と安倍氏、中川氏の言い分のどちらが真実か、正しいか(より意地悪な見方をすれば、「どちらが心地が良いか」)という点に力点が置かれ、肝心な点がすっかり忘れられている。
 断言しておく。今回の事件は安倍氏や中川氏が実際に圧力をかけたかどうか、あるいは番組内容が良かったのか悪かったのかというようなところに核心的な問題点はない。誤解を恐れずに言えば、NHKが何を放送しようと、安倍氏や中川氏が何をしでかそうと、そんなことは些事である。
 核心的な問題、それは事件の中心人物である安倍氏が「公平」の中身をちゃんと語っていないことである。

 かつて、安倍氏は慰安婦問題などの教科書記述を調べる研究会「日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会」の元事務局長であった。どういう事情かは知らないが、番組内容を事前に「側聞」して、氏が高い関心を寄せたことは想像に難くはない。
 そして、彼が考えた公平というのはいかなるものなのだろうか。昨日の報道ステーションで乱発した「捏造」「工作員」が排除されたものだろうか。それだけだろうか?
 ここで重要なのは冒頭で触れたように「ひどい内容」だと彼が語っている点である。つまり、彼の語る「公平」というのは、「内容面で公平であること」。そして、おそらくは自分がその公平の判定者たりえると無前提に信じているらしい(少なくとも、テレビで見た態度からは)ことである。
 そこらへんを歩いている一般市民ならともかく、こともあろうに一国の要職にあった政治家としては実に薄っぺらい、軽薄な発想である。

 すでに知られているように従軍慰安婦問題は、先の戦争の歴史的評価とあいまって様々な見方をされている問題である。国際的には従軍慰安婦問題は日本政府の責任ということが定着した見方となっているが、日本政府は各国との平和条約や国交正常化条約を盾に一度たりとも補償に応じたことはない。

 そうした微妙な問題において、一方の見方だけでそれが「公平」であるという判断は成立しようがない。ましてや足して2で割るなどという日本人的発想が「公平な判断」であろうはずがない。
 そして、安倍氏はその「一方の見方」の当事者であったはずだ。

 もし、私が安倍氏の立場にあり、現実的な立場はとりあえずおいておいて、理想を追求しえたならば、番組の公平とは最低限、従軍慰安婦問題について正反対の見解を持つ人間同士で議論させ、対等の立場を保障したうえで、「裁判官」もこの問題について白紙の知識である人々を無作為に選び、双方合意の上で開廷することを求めただろう。
 そして何より、それで下された民衆法廷とやらの判断を一応は受け入れ、判決を含めて放送することも受け入れたであろう。
 曲がりなりにも民主主義国の政をあずかり、公平などという言葉を口にする者の、それが覚悟というものであろう。

 そういう意味では、東京の市民団体とやらが開いた「女性国際戦犯法廷」とやらはお粗末の一言に尽きた。これならば大学生の模擬裁判の方がよっぽど立派に裁判劇をしてくれたはずである。私が安倍氏ならば、わざと介入せずに全部放送させた方が、番組の不公平性を糾明するうえではよっぽど良かったのではないかとすら思う。最初から結論をリードされている「ゴッコ」の嫌らしさは、判決という形でよりいっそう際立たせることになったのではないか。

 だが、安倍氏らにはそんな遊びすら許す度量がなかった。安倍氏らにあるのは、自分は無条件に公平であるという幼稚な思い込みがあるだけである。その自覚のなさ、口にした罪悪感のなさを、単なる無知と片付けるだけでは足りない。

 私が強い危機感を感じるのは、こうした「公平さを装った無知」に気付くことのない愚かな政治家の言葉の心地よさに身を任せ喝采を送る、自称愛国者を醸成する社会にである。
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by foresight1974 | 2005-01-13 23:00 | 表現の自由への長い道距

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